第50話 渉の推測
俺、渉、天音、楓姉の四人は激しく降る大雨に打たれながら、傘も差さずに家路へと急いだ。
すると何台もの消防車、パトカー、救急車が路を通り過ぎていく。
たぶん葵の家の火災を止めるために、元霧原村の地区へ向かっているのだろう。
家の玄関に到着の中に入ると、楓姉は「待ってて」と言って、靴を脱ぎ捨てて、急いで浴室に歩いていく。
そして何枚もバスタオルを胸に抱えて戻ってきた。
楓姉からバスタオルと受け取った俺達は、素早く髪や顔を拭いて、階段をあがり、楓姉と天音は楓姉の部屋へ向かい、俺と渉は俺の私室へと入った。
室内に入った俺と渉は制服を床に脱ぎ捨てる。
それから部屋のタンスから、衣服を取り出し、それを渉に手渡して俺も手早く着替えた。
二人で床に座っていると、楓姉と天音が部屋に入ってきた。
天音は楓姉から服を借りたらしく、上品な白いワンピースを着ている。
彼女と俺と目が合い、視線を彷徨わせていると、楓姉が隣に座り、俺の脇を指で突いてきくる。
「すっごく似合ってて可愛いでしょ。和也も何か言ってやんなさいよ」
「……いいと思うぞ……」
思考が真っ白になり何も考えられず、一言だけ口から漏らすと、楓姉に頭を張り倒された。
「渉君なら、もっと褒めるわよ。ねー渉君」
「普段の天音ちゃんは、化粧をバッチリと決めて、とても綺麗だけど、今の素顔のほうが、飾り気のない美しさがあって僕は好きだな。白いワンピースも今の天音ちゃんにピッタリと似合っていて、清楚な感じもして、とても素敵だよ」
渉はニコニコを微笑みながら天音のことを褒めちぎる。
その話術の上手さ、俺はただただ感心するだけだった。
天音は彼に褒められ、頬を真赤にして俯き、両手を握って恥ずかしそうに体をモジモジと動かしている。
その姿を見た楓姉が得意満面の顔をして、豊満な胸を張る。
「女の子にはこれぐらい褒めてあげないとダメよ。少しは見習いなさい」
「高校生の男子があんなこと言えるか。渉が変なんだ」
イケメンの上に褒め上手なんて、世の中の年頃の男子諸君から恨まれてしまえいいのに。
ジロリと渉を睨むと、彼は大声で笑い始め、それに釣られるように楓姉と天音も笑いだした。
三人の笑顔を見ていて、陰鬱な気持ちは幾らか楽なった。
それから俺達四人は必死に他愛もない話を続けて笑い合った。
あの幸村家で佳乃さんが語ったこと、霧野川での葵の影、その周囲にいた人柱の贄になった女性達の影を少しでも考えたくなくて、心の中にある恐怖と怖気を薄めるように。
しかし、どうしても頻発した怪奇現象が頭から離れない。
すると天音も俺と同じだったらしく、唐突に疑問を口にする。
「そういえば佳乃さん、葵から祖父と母を奪ったって言ってたでしょ。でも病で亡くなったとも言ってたし、どういうことなんだろう?」
「たぶん恒一郎さんと紗英は、佳乃さんが微量の毒を与えて殺害したんじゃないかな。同じような時期に、二人も同じ症状を患ったのなら、感染症の疑いも出てくる。そうであれば病院に入院させる必要もあるし、担当医が、診察すれば病名を判明するよね。でも佳乃さんは原因不明の病を患って死んだと言っていた。ということは二人は病院で診察を受けていないを示してる。あくまで確証のない推測だけどね」
「それじゃあ、宏司さんは知っていたってこと?」
「宏司さんは妻を寝取った恒一郎さん、夫である自分を裏切った紗英さんを激しく恨んでいた。その意趣返しとして佳乃さんと結ばれたぐらいにね。その上、恒一郎さん子供である葵ちゃんを、紗英さんが産んだことで、殺したいほど彼女を憎んでいてもおかしくない。二人の死に直接関わったかはわからないが、佳乃さんの殺害計画を黙認したのかもしれないね」
渉の説明に天音は複雑な表情をする。
彼女の気持ちが少しわかる。
優しかった葵の精神を狂わせ、呪詛をおこなうように誘導した佳乃さんのことは絶対に許せない。
しかし、佳乃さんも幸村家の男達によって人生を歪められたことは理解できる。
やるせない感情が、心の中で渦巻いるのは俺も同じだから。
すると次に楓姉が真剣な表情で渉に問い質す。
「誰が屋敷に火をつけたの? 宏司さんと佳乃さんはどうなったの? それに葵ちゃんのは?」
「屋敷を燃やしたのは佳乃さんだと思います。葵ちゃんが呪詛を行い姿を消したことで、幸村家の血も途絶えたのですから、彼女の恨みは遂げられたわけです。推測でしかないですが、彼女はこの企みを考えついた時から、事が終れば命を断つつもりだったと思います。僕たちに幸村家の過去を語ったのは、全ての責任は佳乃さんにあり、葵ちゃんは犠牲者だと僕達に伝えたかったのかもしれません。」
渉は寂しそうに表情で語り、それから少し黙った後に話を続ける。
「葵ちゃんが佳乃さんを本当の母のように慕っていたのは事実でしょう。佳乃さんも葵ちゃんのことを歪んではいましたが愛していた。想像でしかありませんが、神社で儀式を行った後、葵ちゃんは佳乃さんの指示通りに霧野川へ身を投げたと僕は思います」
霧野川で見た葵の白い影は大勢の女性の影と一緒にいた。
あの女性達が人柱になった人達ならば、葵もまた川に……
そんな風に考えてしまった俺は悲しくなり、涙が溢れてくる。
「……もっと早く気づいてやれていれば……」
「……葵ちゃん……」
「……どうして……どうして……」
楓姉と天音も堪えきれず、俯いて悲嘆の涙を流している。
悲しみに染まる室内の中、渉は何も言わず、唇とグッと唇を閉じ、黙ったまま目を閉じていた。




