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第49話 霧野川

渉の声を聞いて、ハッと周囲を見回すと、渉の後ろに天音と楓姉が震えながら立っていた。


「天音……楓姉……」


小さく呟く俺の声に、天音が駆け寄って、俺の体を抱きしめる。


「葵のことは可哀そう。でも、和也一人が責任を感じることない。それなら私だって、凪沙だって、葵のこと全然知らなかった。中学の時の同級生も先生達も、葵のことわかっていなかった。だから和也だけのせいじゃない」


「でもさ……最近、葵ともっと話をする時間があったんだ。でも俺は……」


「和也は悪くないよ。そんなに自分を攻めないで」


天音は俺の胸にすがりついて、顔を涙でぐしゃぐしゃにして体を震わせる。

すると楓姉が近づいてきて、厳しい表情で真っ直ぐに俺を見る。


「葵ちゃんに同情する気持ちはよくわかるわ。和也が自責の念を持つのを止めろとは言わない。でも天音ちゃんをよく見なさい。目の前に和也のことを大好きな女の子が必死にあなたをに訴えて泣いてるの。あなたが天音ちゃんを泣かせてるのよ。それをわかりなさい」


「……ごめん……天音……でも……」


楓姉の有無も言わさぬ言葉に、俺は戸惑いながら、天音の体をギュッと抱きしめる。

すると天音の震える体から、彼女の柔らかさや温かさが俺の心に伝わってきた。


葵の邸であんな不気味で酷い話を聞かされて、天音も逃げたいくらいに怖かったはずだ。

でも、俺を追いかけて必死にここまで走ってきてくれた。


俺と一緒にいるために、俺を止めるために。


彼女の体の温かさを感じているうちに、俺の心は徐々に落ち着きを取り戻していく。


「……天音、追いかけてきてくれてありがとうな……」


俺は天音の両肩に手をおいて、彼女の顔を真っ直ぐに見て、礼を述べた。

すると彼女は泣きながら微笑み、俺の胸に顔を埋める。


「どこへも一人で行っちゃっイヤよ」


俺達が抱き合っていると、渉が右腕を前に伸ばして川を指差す。


天音から体を離して川を見ると、白い靄は川一面に広がり、葵の周りの何人もの女性と思われる白い影が佇んで、こちらに向かって両手を伸ばしている。


その女性達の両目には、空洞のような漆黒の穴があり、そこから血の涙を流している。

あれは、この世に未練を残した霊達だ。


そう思った瞬間、俺の頭の中の何かが弾け、全身に怖気が走り、雨の冷たさに体が震えてくる。

彼女達を凝視したまま、身動きぜきずに驚愕していると、天音が俺の手をギュッと握り締める。


「和也は葵に連れて行かれそうになってたのよ」


「あれは人柱となった村の女性の霊達だろう。葵ちゃんが神社でしたことが彼女達を呼び起こしたんだ。葵ちゃんも彼女達と一緒にいる。あのまま和也が彼女に遭いにいけば、結果はわかるよな」


渉の言葉を聞いて、俺がどうなっていたのか理解した。


俺は葵の霊に誘われ、殺されるところだったのか……


決して心霊を憐れんだり、悲しんだり、同情してはいけないと聞いたことがある。

そんなことをすれば、怪異に引きずられて死の淵へ落ちると。


する川面に立つ、白い影の葵から悲し気なうめき声が聞こえてきた。


「あああ……ぁぁぁぁああああーーー……あああぁぁぁ……ぁぁぁぁああああぁぁぁぁああああーーーーー」


その声を聞いて、もう葵は生きていないんだと、俺は理解する。


「ごめん、葵と一緒にはいられない。俺は生きていく。葵は時を止めてしまったから。だからごめんな」


「葵、あなたのことをわかってあげられなくてごめんなさい。でも和也は絶対に渡さないから。

葵も和也のことが好きだったんでしょ。私も和也のことが大好き。あなたの分まで私が和也の隣にいる。だから葵も安心して眠ってね」


「葵ちゃん、私達は何もあなたにしてあげられないの。あなたが寂しくても、私達は葵ちゃんの近くにはいけないの。だからどうか心を穏やかにしてね」


俺、天音、楓姉の三人は、川に浮かぶ葵の影に向かって、心からの言葉を伝える。

すると渉が俺達を見て、首を大きく左右に振る。


「もう葵ちゃんには僕達の声は届かない。僕達では彼女を救うことはできないんだ。ここにいては彼女達も眠ることができないから、和也の家に帰ろう」


渉の言葉を聞いて、俺達三人は彼女達に向かって手を合わせ、川岸から離れるため体を返した。

そして土手を上っていくと、元霧原村の鐘楼 の鐘がカンカンと鳴り響く。


何かあったのかと目を細めて周囲を見渡すと、葵の家がある方向から、空へ昇る黒い煙が見える。

それを見て、何かを察した渉は素早くスマホを取り出して、画面をタップして耳に当てた。


「兄さんか、僕だ。霧野川市に起っている怪異について、ほぼ把握した。早く誰かを派遣させてほしい。詳細は後から連絡する」


端的に用件を伝えた渉は、通話を切って、俺達三人に向けて声をかける。


「行こう。僕達にできることは何もないから」


渉を先頭にして何度か角を曲がって古い路地を歩いていくと、どしゃ降りの雨の中、焦げ臭い臭いが流れてきた。


その臭いと煙に顔をしかめ、口元を手で押えて路を進んでいくと、段々と臭いが濃くなり、角を曲がると、土壁の向こうで、葵の家が濛々と黒煙をあげて激しく燃えていた。


その情景を見て、思わず愕然としていると、楓姉が怒った表情で渉に問いかける。


「こうなることを渉君はわかっていたの?」


「僕がわかっていたことは、佳乃さんは決意を持って、僕達に幸村家の過去について打ち明けたということだけです」


「どうして止めなかったの?」


「佳乃さんの心を知って、僕は彼女を止めるのを諦めました。それは佳乃さんは葵ちゃんと一緒にいるつもりだったからです。彼女は彼女なりに葵ちゃんのことを愛していたんだと思います だから娘を拒絶した宏司さんと幸村家を許せなかったのかもしれません」


それだけ言うと、渉は下を向いて、燃えあがる葵の家から去っていった。

その後ろ姿はとても寂しく、孤独に見えた。

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