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第48話、歪んだ愛憎

渉は藁人形を凝視して、フーッと長い息を吐く。


「これをやったのは葵ですか? どこでこれを? 彼女に何をさせたんですか?」


「私は囁いただけでございます。この元霧原村の地域は昔、何度も水害に遭い、その時、女性達を人柱の贄として川に捧げ、村の至るところに地蔵尊を祀って、神の力を弱め、神社に御神体を祀ることで、神の力を封じたと。ですから葵様には、神に望みを叶えて欲しければ、神の封印を解きなさいと伝えました」


雄二達が渉と一緒に、この地域を調べた時、数多くの地蔵像が破壊されていた。

佳乃さんのいうことが真実なら、神に願いを叶えてもらうために、葵が壊して回っていたのか。


日本の古来の神は、良い神ばかりではない。

神の力は、神の気持ち、気分次第で、豊作をもたらすこともあれば、災害を巻き起こすこともある。


人に害を成す邪霊、怪異の類を、その土地の神として神社に奉納することで、荒魂 を慰め和魂に変わり、永続して祀ることも多いのだ。


すると渉は暗い瞳で、佳乃さんに問い続ける。


「地区の地蔵尊の像を破壊して、結界を緩めたのは知っています。次にどのように封印を解くと指示したのですか?」


「まず自らの想いを込めたノートを用意し、祀られている御神体の箱の上に藁人形を置いて、手に持った状態で人形に五寸釘を打ち付けるのでございます。そうすると手の傷から血が、藁人形、ノート、御神体へと伝い、それにより神の御霊が開放されると教えました」


「それならどうして藁人形が屋敷にあるのでしょう?」


「葵様が儀式を行ったのは、深夜のことでしょう。屋敷内にお姿が見えなくなったので、神社に行ってみたのです。すると境内の御神体の上にノートと藁人形が打ち付けられておりました。。それを発見した時、宏司さんに見せてあげたくなりまして。あなたが忌み子として嫌った葵様が、このような愚かなことをしましたよと」


佳乃さんの言葉に俺は激高の叫びをあげる。


「全部あんたが仕組んだことじゃないか! 葵を洗脳したのはあんただろ!」


「仰せの通りです。父親に拒絶された葵様は、それはもう私を慕って甘えてくれました。そんな葵様を私も愛しく思い、彼女を願いを叶えてやりたいと思うのが母心ではないでしょうか」


「それは母の愛じゃないわ! 命にかえても我が子を守るのが母親よ! あなたのように娘を洗脳して、精神を狂わせたり絶対しない! あなたは葵ちゃんを自分色に染めて、憎しみを晴らすための、呪詛として利用しただけじゃない! あなたは正気じゃない! 完全に狂ってるわ!」


楓姉も怒りを抑えきれずに、涙ながらに訴える。


その言葉を聞いて佳乃さんはフッと微笑んだ。


「ええ、私は狂っておりますとも。奉公中に無理矢理犯されて妾にされ、我が子を失い、私は鬼になったのでございましょう」


「これで葵ちゃんに教えたことは終わりですか?」


「いいえ……神に願いを伝えるため、自分を贄として霧野川の人柱になりなさいと。そうすれば願いは叶うと……あれから葵様のお姿を見ておりませんので、今頃はおそらく……」


……葵は既に霧野川に身を投げたというのか!

そんなのことを信じられるか!


俺は咄嗟に立ち上がり、駆けだして戸を勢いよく開け放ち、廊下に出て玄関を目指す。

後ろから渉、天音、楓姉の声が聞こえるが、それを無視して玄関で靴を履いて、屋敷の外へと飛び出した。


ふつふつと佳乃さんへの怒りが込み上げ、それと同時に、葵のことを何も知らなかった悔しさが募ってくる。


幼い頃、いつも公園で一人遊びをしていた葵。

俺を見つけると嬉しそうに駆け寄って、俺の後ろにいた葵。


葵が自分の家でどんな境遇に置かれていたか、俺は全く知らなかったし、考えたこともなかった。


葵ともっと話をしていれば……


門扉を強引に開けて、路地へと繰り出した俺は、横殴りの雨の中、霧野川に向かって駆け走る。


全身はすぐにずぶ濡れになり、その冷たさが体が凍え始めるが、全力疾走で路地を走り抜けた。


中学の頃から、俺は背伸びすることばかりを考えていた。


大人のように、同級生達と距離を置くのがカッコイイと勘違いして、俺は葵を遠ざけた。

中学に入ってから、安奈、咲良、愛菜の三人に、葵がイジメられているの知っても、俺はそれを無視した。

彼女を助けようとしなかった。


葵の近くにいなかったから、街で悠乃と美優が、彼女をカツアゲしていることも知らなかった。


幾つもの角を曲がり、迷路のような路地をひたすらに川を目指す。

すると土手が目に入り、小さな階段を駆け上がって行くと、水量を増した霧野川がうねりながら流れていた。


その風景を目にした瞬間、俺の口から懺悔の言葉が漏れる。


「葵……ごめん……気づいてやれなくてごめん……自分勝手でごめん……」


涙を流し、荒い息を整えながら、ジッと川を凝視していると、ぜか頭の中に「ここよ」という葵の小さな声が聞こえたような気がして、俺はガクガクと疲れた体を動かして、土手を下りて雑草の生い茂る荒地に踏み入る。


丈の長い雑草を手でかきわけて、ゆっくりと進んでいくと、川の中央に白い霧の集まりが見えた。

なんだか霧が気になり、前に前に進んで立ち止まる。


激しく打ち付けてくる雨を無視して霧を見ていると、霧の中から徐々に少女の体の輪郭が浮かび上がってくる。


その少女は両腕を前にかざして、俺を呼んでいるように思えた。


「葵、そんな場所にいたのか。川の中は冷たいだろ。こっちへ来いよ」


霧の中に現れた少女はやはり葵で、「待ってた……ずっと待ってた……」という彼女の囁くような甘い声が、俺の脳内に染みわたる。


「そっか、俺を待っててくれたんだな」


その声に誘われるようによろよろと歩こうと動きだした時、俺の肩を誰かがギュッと鷲づかみにする。

その力に驚いて振り返ると、渉の漆黒の瞳が俺を見つめていた。


「あれはもう葵じゃない。そこから前に進むと戻れなくなるぞ。目を覚ますんだ」

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