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第47話 佳乃さんの狂気

シーンと物音一つしない広間の中で、佳乃さんは坦々と話を続ける。


「恒一郎様は精力が人一倍強く、私も激しく求められ苦労したものです。そんな私が体調を壊し、長く伏せている時期がございました。後から恒一郎様から聞かされたのですが、堪えきれずに、宏司さんのいない頃合いを見計らって、紗英さんを強引に手籠めにされたと。それから二人は、私や宏司さんに隠れて、逢瀬を重ねていたのです。そして紗英さんが妊娠され、産まれたのが葵様でございます」


俺は葵の出生の秘密を知り、愕然とする。


父親の子供ではなく、祖父の子だったのか。

恒一郎の狂気的な性格に、同じ男として吐き気がする。


「そのことを葵は知っているんですか?」


「はい、知っております。宏司さんが、葵様に秘密を打ち明けられましたので」


「それのどこが悪いんだ。紗英は私の嫁なのに、産まれたきたのが父の子だなんて、それを秘密にして育てていたら俺は馬鹿そのものじゃないか。それに葵は義理とはいえ父娘の結ばれて産まれた忌み子だ。だから親の私が醜い出自であることを説明してやったのだ」


「そんなの酷いじゃない! 父親が誰であろうと、葵には関係ないわ。あなたが父親に傷つけられたからって、娘を傷つけていいことにはならないわよ!」


楓姉は立ち上がり、眦を吊上げて、宏司さんに向けて大声で怒鳴った

いつも温和にしている彼女には珍しく激高している。

その隣で天音も立ち上がり、悔しそうに宏司を睨んで、その両拳は固く握られていた。


すると佳乃さんは上品に手の甲で唇を押え、目を細める。


「器量の狭い男なのですよ。恒一郎様と紗英さんが体を重ねていた知って、その仕返しに離れにある私の私室に忍び込んで、宏司さんは夜這いをかけてきたのですから」


「それはお互いの気持ちが一致していたからだろ。佳乃さんも父を憎んでいたじゃないか」


「ホホホ、そのように思われていたのは宏司さんだけです」


佳乃さんがそう言って微笑むと、宏司さんは力なく座布団の上に、ガクリと座り込む。

それから彼女は背筋を真っ直ぐに伸ばし、品よく話を続けた。


「そして葵様が六歳の時に、恒一郎様と紗英さんは次々と原因不明の病となり、治療のかいなくお亡くなりに。それからは私が母親代行として葵様をお育てしてきた次第です」


「それなら幼い葵ちゃんのことを、佳乃さんは愛して、可愛がっていなかったんでしょうか? どうして葵ちゃんの精神が病むようなことを教えたりしたんですか?」


「仰せの通り。私は葵様のことを今も愛しております。狂おしいほどに、破壊したいほどに、憎しみが募るほどに愛しております」


「それは、どういう意味なのでしょか?」


渉の問いに佳乃さんは穏やかに微笑む。


「幼少の頃から、愛らしい葵様を、私は我が子のように可愛がりました。だって恒一郎様の血を受け継ぐお子なのですから。しかし、それと同時に、葵様の姿を見る度に、恒一郎様と愛しあい授かった我が子。産婆によって堕胎した私の赤子のことの思い出すのですよ。すくすくと育っていれば葵様のような可愛らしいお子になっていたのではと」


葵の祖父――恒一郎は、妾の赤子は堕胎させ、息子の嫁には自分の子供を産ませた。


佳乃さんからすれば、愛した男の血を継ぐ子供であり、我が子の死と引き替えに生まれてきた子供のように葵のことを感じていたのかもしれない。


その愛憎が葵に向けたとしても不思議ではないだろう。


葵を愛すれば愛するほど、亡き我が子への思いが募り、徐々に佳乃さんの心を蝕んでいったのかもしれない。


そこまで考えて、俺は思わず言葉を放っていた。


「幸村家の過去、恒一郎という祖父が、どれだけイカれてたか、それと佳乃さんのことも、概ねは理解できた。だがな、それで葵の精神を狂わせていいってことにはならないよな」


「和也のいう通りよ! 葵ちゃんを苦しめる理由にはならないわ!」


「そうよ! ずっと話を聞いてたけど、全部、大人の勝手な理由じゃない! どうしてまだ子供の葵が巻き込まれないといけないのよ! 葵を返して! 返してよ!」


楓姉と天音は、激怒して佳乃さんを睨みつける。


しかし、父親から忌み子と拒絶され、佳乃さんに精神を汚染されるとわかりながら、それでも彼女以外に頼る者がいなかった葵は、どれだけ心を傷つけられ、壊されてきたか。


それを考えただけで、俺の頭の血が沸騰しそうだ。


すると渉は静かに静坐したまま、佳乃さんに問う。


「それで復讐は達成されましたか?」


「はい。この上なく。私は恒一郎様を敬愛していました。しかし、それ以上に愛しい我が子を失った母として呪うほどに憎んでおりました。ですので、葵様から祖父と母を奪い、父を篭絡し、彼女を孤立させ、人を呪うことを教えたのです。そう……私と同じように、だって葵様は私の大事な愛娘ですから」


悠乃さんの言葉を聞いて、俺は背筋に悪寒が走り、首筋がチリチリと痺れる。


この人は、もう人間じゃない。


恨みが狂気へと変り、それが生きた怨霊となってるんだ。


楓姉と天音も、悠乃さんの狂気を察したのか、恐怖に顔を引きつらせている。


室内が異様な不気味さに包まれる中、渉は光のない、深淵を見るような瞳で、悠乃さんにまた問いかける。


「悠乃さんのことは気持ちはわかりました。それで葵ちゃんは今どこにいるんですか?」


すると悠乃さんは音を立てずに立ち上がり、歩いて壁際に置かれているタンスに向かう。


そしてタンスを開けて、中から何かを取り出すと、スーッと戻ってきて、綺麗に静坐をし、畳の上に持ってきたモノを丁寧に置いた。


それを見た瞬間に楓姉と天音の口から「ヒィッ!」という短い悲鳴が聞こえる。


俺は視線を逸らすことができず、畳に置かれている、五寸釘を打ち付けられた、赤黒く染まった藁人形を見つめ続けた。

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