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第4話 莉子

莉子のお母さんは少しだけ開いた扉の隙間から暗い視線を向けてくる。

そして疲れきったか細い声で俺達に訊ねてきた。


「どなた様でしょうか?」


「恭子おばさん、莉子の友達の凪沙です。莉子の体調不良が心配でお見舞いに来ました」


「凪沙ちゃん……来てくれたの。凪沙ちゃんが家に来てくれたのを知れば莉子も喜ぶわね。でも莉子は病気で伏せっていて、誰にも会いたくないと言ってるの。伝えておくから……今日は帰ってもらえないいかな」


「……そうですか……」


どうやら莉子のお母さんは、凪沙達から恭子おばさんと呼ばれているようだ。

凪沙、葵のことは莉子のお母さんのことを知っているようだが、どうして初めて会ったような対応をするんだろう?


何か違和感を感じる。

それに首の後ろがチリチリとして落ち着かない。


俺はすぐにでも莉子の家の敷地から出たい衝動に駆られる。

しかし雄二達が動く様子はない。


しかし、莉子自身が誰からの面会も拒否していて、母親も帰ってほしいと言ってるか。

それなら恭子おばさんに見舞いの品だけ手渡して帰ればいい。


無駄足にはなったが、それは仕方ないことだし、莉子の事が気になるなら、また後日にでも見舞いにくればいい。


そう考えて俺が動き出す前に、渉が扉に向かって真っ直ぐに歩いていき、雄二と凪沙を押しのけて、恭子おばさんが覗いている、玄関の隙間の前に立った。


「僕は最近に転校してきた渉と言います。莉子さんが体調不良で休むことになって、僕は心配で胸が張り裂けそうで眠ることもできません。どうか一目だけでも莉子さんの無事な姿を見せてくれませんか?」


突然にイケメンが顔を近づけ、とんでもないことを言い始めたので、恭子おばさんは目を大きく見開いたまま硬直して声も出ない。


周囲にいた雄二、凪沙、葵の三人も立ったまま固まっている。

もちろん俺も動けない。


すると渉が玄関の扉に手をかけ、強引に開けようとする。

そのことに驚いた恭子おばさんは扉を閉めようと懸命に力を入れた。


「娘は病気なんです、帰ってください!」


「僕は莉子さんと会わなければいけないんです! どうか開けてください!」


渉は強引に扉を開け、玄関の中へ入り込む、恭子おばさんに頭を下げて、「失礼します」と言って、勝手に家の中へと入って行こうとする。

そんな彼を押し留めようと、恭子おばさんが渉の腰にしがみ付いた。


「莉子はただの病気なの! だから帰って! 帰って! 莉子を見ないで!」


言葉の通りに、ただの病なら俺達との面会を拒絶するのはおかしい。

母親の態度には違和感がある。


しかし家族内のことに、俺達が立ち入っていいわけがない。


それに渉の行動も変だ。

突然に莉子と付き合っているとか、自分は彼氏だと言いだして。

誰が聞いても嘘とわかるようなことを言って、家の中に入ろうとするのもおかしい。


とにかく渉を止めないと、後から厄介なことになる!


何の目的かわからないが、渉のやり方が強引すぎる。

そう感じた俺は、彼を止めようと後を追って玄関へと足を踏み入れた。


その瞬間に腐敗したような異臭が鼻を刺激し、俺は顔をしかめる。


この匂いは嗅いだ記憶がある。

三年前に田舎の爺さんが死んで、葬式に行った時、棺桶に入っている死体を見せてもらったことがあった。

その時に嗅いだ屍の匂い。


火葬場で爺さんの遺体が焼かれている時にも嗅いだ匂いだ。


だから、これはたぶん死臭。


そう思うと家の中の風景がすこし寂しく薄暗くて、冷たい不気味な感じの違和感に気づく。


何がどうなっているのかわからないが、俺の首筋にチリチリと寒気が走り、思わず渉を探して周囲を見回した。


すると既に渉は靴を脱ぎ捨てて、二階へと続く階段を上って行こうとしている。

母親の前で、これは幾ら何でも強引過ぎる。


渉をすぐにでも止めたほうがいい。


渉に向かって大声を出そうとしていると、俺の後ろから「行ってはダメ! 行ってはダメ!」という、莉子の母親の悲痛な叫びが聞こえてきた。


莉子に何かが起こっている!


母親の叫びで異変を確信した俺は、「渉、待て! 一人で行くな! 俺も行く!」と咄嗟に叫んで靴を脱ぎ捨てていた。


渉の後に続いて階段を駆けあがっていくと、三階の奥の部屋の扉が開いていた。

あの部屋が莉子の部屋で、渉は既に室内に入ったのだろう。


俺は自分の心臓の鼓動がうるさく感じるのを無視して、廊下を急いで歩き、部屋の入口に立って、開けは放たれた扉から室内を覗いてみる。


すると部屋の中の窓は大きく、日差しが室内の全てに行き渡るようになっており、白の壁紙に白の家具や机が置かれていて、室内は白を基調とした色彩で統一されていたようだ。

所々に可愛いぬいぐるみが置かれていて、最近の女子高生らしい部屋になっていたのだろう。


しかし、今の莉子の部屋の壁紙は、爪で破いたような傷跡が無数にあり、血のような跡もベッタリととついて、窓のカーテンはビリビリに破かれている。


それに机が誰かに投げられたように絨毯の上に転がっており、洋服タンスの扉は引き千切られように蝶番が外れて見えていた。


本棚に整頓されていたはずの漫画や小説も、床に無造作に散らばっている。


俺が自室で暴れたとしても、こんな惨状にはならないぞ。


何が起こっているのかわからず、室内へ入ろうと一歩踏み出して渉を探す。


すると渉は白いベッドの脇に立ち、その見つめる先にはパジャマ姿の莉子が三角座りをして、一点を見つめながらブツブツと何かを呟いていた。


俺は喉が乾くのを感じながら、渉に声をかける。


「いれは一体何なんだ? 莉子はどうなってるんだ?」


「……」


渉は何も言わないまま、無表情で莉子を凝視している。


部屋の様子と莉子の現状から推測すると、この室内で異質なことが起こったに違いない。

それが誰か手によるものなのか、莉子自身がやったのかは判別できないが。


そして母親は、何かに巻き込まれてしまった莉子を必死になんとかしようとしていたのだろう。


部屋の中は屍のような異臭が強く漂い、どうやら匂いは莉子を中心に漂っているようだ。

窓から日差しが入っているのに、室内の凄惨な状況もあって、空気がどんよりと重く、暗く感じられる。


早くこの場を離れたい衝動に駆られていると、急に莉子が笑いだした。


「キャハハハハ、グルグル! 路地がグルグル! 路地がグルグル! キャハハハハハハハハハハ!」

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