第38話 悠乃のお通夜
俺は天音にLINEをして、渉と二人で天音の家に立ち寄り、彼女と合流して悠乃のお通夜が開かれるセレモニー会場に向かうことになった。
夕日が沈む前に俺達二人は家を出て、四十分ほど歩いて天音の家に到着した。
聖華女学院の制服を着て、天音は玄関先で待っていてくれた。
もちろん俺と渉は霧野川高校の制服を着用している。
三人並んで道路を進んでいると、天音が不安そうな声を出す。
「今日も美結と連絡が取れないの。悠乃みたいになってたら私……」
「悪い方向へ妄想しても仕方ないだろ。そんなに気になるなら、明日でも俺と一緒に美結に会いにいってみるか」
「和也が一緒なら行くわ。一人じゃ不安で、美結の家に行けなかったの。でもいいの? 明日は平日で学校があるんでしょ。放課後に一緒に来てくれるってことね」
天音は嬉しそうに微笑む。
霧野川高校は咲良が自殺したことで、生徒達の動揺が収まるまで休校となっている。
クラスのLINEのオープンチャットを覗いてみると、咲良についての新しい書き込みがあった。
どうやら咲良の通夜は行われず、葬式は家族だけでするそうだ。
学校からは教師数名が代表で参列するらしいが、学生の葬式への参加は、家族に配慮して遠慮するようにと書かれていた。
天音も俺と同じで、咲良とは中学が一緒だったので、彼女とは顔見知りだ。
友人を一人亡くしているのに、昔、仲良く会話したこともある女子が自殺したなんて、天音の精神状態を考えると、伝えることはできなかった。
俺と天音と会話をしていると、渉がニヤニヤと微笑む。
「和也も天音ちゃんも青春だね。二人はお似合いだと思うよ」
「でしょでしょ。私と和也って相性がピッタリなの」
渉の話に乗って、天音が明るく微笑む。
そんな二人に、慌てて俺は両手を見せて、ストップをかける。
「天音を恋愛対象の女子として扱うとは約束したが、まだ正式な返事はしてないぞ」
「和也、自分の言ってる言葉の意味わかってないだろ。恋愛対象の女子として天音ちゃんを扱うって、言葉を変えると、恋愛の相手として天音ちゃんと向き合うってことだぞ」
ということは……既に俺は天音と付き合っていることに……
渉の説明を聞いて、俺はぎこちなく首を回して天音を見ると、彼女は何度も頷いてニッコリと笑んだ。
「天音、そういう意味だって知ってて、言葉を変えて伝えてきたのか」
「もう言質はいただきました。末永くよろしくお願いします」
「これは天音ちゃんの勝ちだな。男なら和也も潔く彼女と付き合いを認めないとね」
「……そんなこと言われても、俺の心の準備が……」
天音の気持ちを受け入れるつもりだが、どうも他人に言われると、恥ずかしさで素直になれない。
二人から顔を逸らせてブツブツと文句を言っていると、天音が体を寄せてきて、俺の腕に自分の腕を絡める。
「和也のことは私がわかってるから、絶対に放さないんだからね」
俺達の様子を見て、渉が大声で笑う。
沈黙が続くと、悠乃のことを思い出しそうで、悲しい気持ちになるのを誤魔化すように、俺達三人は、冗談交じりの会話をしながら道路を歩き続けた。
駅前近くのセレモニー会場に到着し、玄関を抜け、ロビーを通り、『楠木家』と書かれている広間の中へと入る。
すると横壁に弔幕が掛けられ、室内の奥中央にはシンプルな祭壇が儲けられ、その両側には供花が飾られ、祭壇の上には悠乃の遺影が飾られていた。
あの祭壇の下の棺に悠乃は静かに眠っているのだろう。
既にお通夜に集まった人達が、椅子に座って、順番にお焼香をあげていた。
俺、渉、天音の三人、長机の上で几帳し、後ろの席に座って、焼香の順番を待つ。
そして三人で祭壇まで歩き、静かにお焼香をあげ、涙ぐむ天音の肩を抱いて、俺達は広間の後ろへと下がった。
しばらくお通夜の様子を見ていると、扉が開いて、松葉杖をついた美結が四十ぐらいの女性に付き添われて、広間の扉を開けて現れた。
たぶん、隣にいる女性は美結のお母さんだろう。
その美結の頬には黒い痣ができ、頭にはグルグルと包帯が巻かれている。
彼女の姿と見た天音は、「美結、会いたかった―!」と言って、小走りに駆け寄っていく。
そして美結に体当たりするように両手で抱きついた。
その衝撃に驚いて、よろけながら、彼女の目が大きく見開く。
「心配させてごめんね。家の階段で二階から転んじゃって、頭も打っちゃうし、左足も折れちゃって」
「そうなんだ……連絡が取れないから心配してたんだ」
「階段から落ちた時に、スマホが壊れちゃって、まだスマホを買えていないのよね」
美結は天音を片手で抱きしめ、穏やかに微笑む。
すると横にいた美結の母親が、「おしゃべりは後からにしてね。悠乃ちゃんに手を合わせるのが先よ。早くお焼香に行きましょ」と言って、美結と一緒に、祭壇へと歩いていった。
俺達三人は広間から出て、美結を待つことにした。
それから少し経った頃、広間の扉が開いて、美結一人が姿を現した。
「さっきはゴメンね。ママがお通夜で騒いだらダメって。ここなら、ゆっくり話せるわ」
「それより美結の怪我、大丈夫なの?」
「大丈夫なんだけど……階段を降りようとしている時に、急に誰かに足首を掴まれたような感じがして、驚いているうちに一階まで落ちちゃったのよ。頭もドーンって。ほんと危ないところだったわ」
美結の話を聞いて、渉が俺の肩に手を置く。
渉は美結の「足首を掴まれた」という言葉が引っかかったのだろう。
悠乃が死んだ直後に、彼女と仲が良かった彼女が階段から落ちて大怪我をしていた。
それを偶然で片付けていいものだろうか。
そうであれば、話が上手すぎる。
渉が美結に問いかけないということは、彼女には黙っているつもりだろう。
すると渉は美結に静かに歩みより、穏やかに微笑んで、ズボンのポケットに片手を入れる。
「天音ちゃんが連絡が取れないと言っていたから、僕も心配していたんだ。大怪我のようだけど、顔を見ることができてホッとしたよ」
「渉君、ありがとう。私も渉君に会いたかった」
「僕と会うことで、怪我の痛みが癒えるなら、また会おうね。そうだ、美結ちゃんに渡したいものがあるんだ」
さりげなくポケットからお守りを取り出し、彼女の手に握らせる。
そして渉はニコニコと微笑み、話を続けた。
「このお守りはね、すごく有名な神社のお守りなんだ。病気平癒の祈祷がされてるから、美結ちゃんの怪我に効果があればいいんだけど」
「渉君から貰えるなら、何でも大事にするわ。本当に嬉しい」
美結は顔を輝かせ、嬉しそうに頬を赤らめる。
普段の渉を知っているだけに、渉の表現がわざとらしく感じる。
それにしてもイケメンが笑顔を見せるだけで、これだけ女子に喜ばれるのか。
純粋に喜ぶ美優を見て、渉の笑顔が仮面だと知っている俺は、何となく複雑な気持ちになった。




