第32話 隣街の総合病院へ
それから俺と渉は話し合い、神社に行ってみることになった。
渉の案内で、次々と角を曲がって、細い路地を歩いていくと、目の前に鳥居と石碑が現れた。
それには川霧神社と刻まれている。
鳥居から見える参道は石畳が敷かれていて綺麗だが、敷地内を見ると雑草が生え、手入れがされていないことが伺えた。
奥に佇む神社の境内は、時の流れを忘れたかように静かで、不気味の風情を漂わせている。
その神社の後ろには林があり、樹々が風に揺れていた。
鳥居を潜ろうとした時、俺のズボンのポケットに入れてあったスマホのバイブが震える。
気軽に手に取り耳に当てると、楓姉の焦った声が聞こえてきた。
『和也、大至急で戻ってきて』
「何を焦ってるんだ? きちんと説明しろよ」
『父さんが会社で倒れたの。それで病院に運ばれて入院したらしいわ。たぶん過労だと思うけど』
俺は「わかった、すぐ帰る」と楓姉に伝えて通話を切る。
俺の表情から読み取ったのか、渉は「行こう、振興地へはこっちだ」と言って走りはじめた。
俺は頷いて彼の後ろを追う。
細い路地を駆け抜け、振興地区に入った所で、俺達二人は立ち止まり、息を整える。
「通話の内容は聞いてないが、緊急なんだろ?」
「ああ、親父が職場で倒れたようだ。仕事のし過ぎで過労になっただけと思うがな」
「そうか……これから病院に行くなら、これを持っていってくれ」
渉はポケットの中から数珠を取り出し、俺の手に握らせる。
「これって、神社でお前が貰った特別なもんだろ」
「そんなことはどうでもいい。家族は大切にしないとダメだ」
渉の真摯な眼差しに気圧され、俺は頷く。
そういえば渉は心霊によって両親を亡くしている。
家族を失う怖さと寂しさを身をもって知っているんだ。
俺が「すまない」と言うと、渉は肩をポンと叩いて路地を歩き始める。
俺達二人が家に帰ると、楓姉は出かける準備を整え、玄関先で待っていた。
そして渉を見るとニッコリを微笑む。
「急なことでデートを邪魔してごめんね。埋め合わせに今度、私とデートしましょうね」
「和也とデートするより良いですね。ぜひご一緒させてください。では連絡を待っていますね」
渉は片手を振って、道路を去っていった。
その後ろ姿を見ながら「やっぱりイケメンは最高ね」と楓姉がのたまう。
そして俺達二人は軽自動車に乗り込み、親父が搬送されている病院へと向かった。
親父の務めている会社は隣街にあり、電車で四駅ほどの距離だ。
楓姉は高速道路へと車を乗り入れ、速度を上げる。
それから順調に走行を続け、隣街に入ったところで速度を落して、ETCを通過して一般道へと合流した。
赤信号で停止している間に、カーナビを起動させ、楓姉が住所を打ち込んでいく。
すると画面が切り替わり、総合病院を指し示した。
やっと緊張が解れたのか、楓姉がぶつぶつと文句を言い始める。
「だから仕事のし過ぎって何回も注意したのに。私も大学を卒業したら働きにでるし、生活費なら協力するって言ってたのに。あの石頭、私のいうことなんて聞いてないんだから」
「それは仕方ないだろ。もし俺が大学に進学すれば、それだけ入学費用や学費がかかるからな。俺としては一人暮らし始めたら、バイトして親父や楓姉の世話になるつもりはないけど」
「和也はそんな心配しなくていいのよ。私だって大人なんだから、それなりのお給料を貰える会社に就職するつもりよ。だから私達のことは気にしないで、あんたは勉強に集中しなさい。まずは大学入試で合格を貰うのが重要なんだから」
楓姉は俺を諭すように言う。
楓姉の気持ちはありがたいが、二人に苦労させて、俺だけ都会で遊ぶのも気が引けるよな。
しかし、今は楓姉がそう思ってくれてるだけでも嬉しいので黙っていくことにした。
何度か信号で停車しながらも、目的地の総合病院に到着した。
立体駐車場に停めて、車から降りて、病院の正面玄関から一階のホールへと入っていく。
そして受付で、楓姉が事情を説明し、看護婦へ父親の入院している病室を問い合わせた。
それから二人でエレベーターに乗り込み、五階の病棟へ向かい、壁の地図で病室を確認し、静かな廊下を歩いていく。
五百十一号室と書かれている病室のドアを開けると、大部屋の窓際のベッドで親父は点滴に繋がれて眠っていた。
俺達が歩いていって、カーテンを大きく開けると、音で目覚めたのか、親父が顔をこちらに向ける。
「楓と和也じゃないか。病院までどうしたんだ?」
「父さんの会社から連絡があったのよ。父さんが職場で急に倒れたって。だから車を飛ばして会いにきたんじゃない。それなのに、そんな言い方は酷いでしょ」
「ああ、すまない。ちょっと寝不足が続いてな」
「それだけじゃないでしょ。部長さんが言ってたけど、大事なプロジェクトを進めるために、随分と無理してたそうね。キチンとした食事もあまり取っていなかったって聞いたわ。それで倒れたら、同僚の人達にも迷惑がかかるんだから、少しは自覚してよね」
楓姉は頬を膨らませて、胸の下で両腕を組んでジロリと睨む。
すると親父は気まずそうに顔を逸らし、ポツリと言葉を零す。
「口うるさいところは、段々と母さんに似てきたな」
「誰が口うるさくさせてんのよ。まったく反省の色がないわね」
二人の会話を聞いていて、思わず俺は笑ってしまった。
仕事の疲れで、やつれた顔はしているが、親父の体調はそれほど悪くなさそうだ。
家や周囲で色々なことが起こっていたから、もしかすると心霊現象が関わっているのかと心配していてが、杞憂だったかもな。