第31話 葵の見舞い
日曜日に天音から、LINE通話があった。
悠乃のお通夜は月曜日に決まったそうだ。
連絡をしてきた天音は、家に戻った当時よりも落ち着いているように感じた。
凪沙はまだ彼女と一緒にいるそうだ。
昼食を食べ終えた俺は渉へ通話をかける。
すると数秒で彼が応答にでた。
『和也、どうした?』
「悠乃の通夜が月曜に決まったから連絡したんだ」
『わかった。お通夜の時間と場所は凪沙にLINEして聞いてみるよ。用件はそれだけじゃないんだろ』
「昨日、莉子の家に行っただろ。妙なことが起こってなかったか聞こうと思ってな」
『莉子にも恭子おばさんにも異変はなかったよ。でも恭子おばさん、まだ莉子をお祓いしてくれる神社を見つけられなくてね。だから少し遠いけど、知り合いの神社を紹介したんだ。今日、出発すると言っていたから、当分は霧野川市に戻ってこないだろうね』
渉は気軽そうに言うが、何か裏がありそうだ。
最近、俺達の周囲で心霊と思われる現象が起きている。
たぶん渉は莉子の一家を街から遠ざけたのだろう。
彼が何を気にしているのかはわからないが。
それよりも昨日から頭の中で引っかかっていることがある。
「莉子達はいいとして、凪沙や雄二はどうするんだ?」
『それについては昨日、雄二に凪沙の分も含めて護符とお守り渡しておいた。後は連絡の取れない美結と学校を休んでいる葵だな』
「美結のことは天音に任せるしかない。だから俺達で葵を見舞いに行ってみないか。そうすれば護符やお守りを渡すこともできるだろ」
俺の提案を聞いて、渉は『いいかもしれない』と呟き、話を続ける。
『葵の祖父は、今は引退しているが、あの地区の町長を務めていたからな。元霧原村の昔の情報をついて何か知っているかもしれない』
「どこでそんな個人情報を仕入れてきたんだよ」
『市役所で調べればわかることさ。驚くほどでもないだろ。それじゃあ、僕が和也の家に行くから、待っていてくれ』
そういうと渉は通話を切ってしまった。
外出着に着替えて、しばらくすると、玄関のチャイムが鳴った。
玄関に向かうと、渉がリュックを肩にかけて微笑んでいる。
渉二人で玄関を出ようとしていると、リビングの扉が開いて、楓姉が顔を覗かせる。
「あら、渉君。二人でお出かけ?」
「はい、和也とこれからデートです」
「要らんこと言ってんじゃねーよ。早く行こうぜ」
「あまり遅くなるんじゃないわよ」
楓姉の声を背に、扉を閉めて、俺達は早々に家の前の道路を歩いていく。
「そういえば、雄二達と元霧原村へ行った時、調べたのは地蔵像だけなのか?」
「いや、皆で神社に行って来たよ。しかし、今は宮司もいない廃神社のようになっていてね。神社の後ろには林があって、そこにある御神木も調べてきたよ」
「そうなのか? 天音達の情報だと、特殊な土地柄だから、地元の人達が手厚く参拝していると思ったんだけどな」
渉の説明を聞いて俺は首を捻る。
川の氾濫や神社を建立した経緯を、村の人達なら代々に伝えていてもおかしくないけどな。
すると渉は肩を竦める。
「まだ氏子の人達もいると思うが、もう高齢者だろうな。今の時代、家の神棚や仏壇を拝んでも、頻繁に神社に行く習慣は廃れているのかもしれない。無神論者も多くなっているしね」
そう言われると、これも時代の流れなのか。
二人で他愛もない雑談をしながら、区画整理された道を歩いていくと、元霧原村の地区に差しかかった。
古い土塀や石塀が続き、似たような景色が続くので、俺にはどこを歩いているのか戸惑うが、細い路地を熟知しているように、渉は先を歩いていく。
何度か角を曲がり、長い土塀が続く路地を歩いていくと、重厚な門扉の前で渉が立ち止まった。
「ここが葵の家だ。和也も一度来たことがあるだろ」
「昼と夜とでは全く景色が違うから、気づかなかったな」
門扉の横のインターホンのボタンを押して、少し待っていると『どなたでしょうか?』と声が聞こえてきた。
インターホンに口を近づけ、渉が葵の見舞いに来た旨を伝える。
すると『お待ちください』という返事が返ってきた。
それから数分、門の前で待っていると扉が開いて、和服姿の女性が姿を現した。
年の頃は四十代だろうか、清楚な和服姿なのに、どこか妖艶な雰囲気をまとう不思議な女性だな。
渉は姿勢を正してペコリと頭を下げる。
「こんにちわ。僕は葵さんの同級生で神代渉と言います。隣にいるのは月森和也。葵さんが連日学校を休んでいるのでお見舞いに来ました。彼女と会うことはできるでしょうか?」
渉はにこやかに笑いかけるが、女性は目を細くしたまま俺達を見る。
「葵様は部屋に居られます。まだ体調が優れないようで、誰にも会いたくないと仰せです」
「そうなんですか……和也は葵さんと小学校からの幼馴染なんです。学校でも仲が良くて、和也だけでもお見舞いさせていただけないでしょうか。彼女もきっと喜ぶと思うんですよ」
朗らかに微笑みながら、渉が予想外のことを言い出した。
内心では、彼を止めようと思うが、何かの意図がありそうなので、俺は黙っていることにした。
すると女性は無表情で首を左右に振る。
「葵様は誰にもお会いしません。それに旦那様から、誰も屋敷に入れるなと命を受けております。どうか、お引き取りを」
「わかりました……これは僕の知り合いの神社で、祈祷してもらった護符とお守りです。 葵さんの体調不良に効果があると思って持ってきました。彼女に渡してください」
渉はリュックから護符とお守りを取り出すと、女性の両手にそれを渡した。
老婆はコクリと頷くと、扉を閉めて去っていった。
渉は俺の背中を押して歩き出す。
それから土塀沿いに歩いて角を曲がると、渉は立ち止まって後ろを振り返る。
「あの女性の対応、少し違和感を感じるな」
「そうなのか? 葵の身内ではなさそうだけどな」
「あの女性が言っていた旦那様、つまり葵の父親の指示がちょっと気になったんだ」
そう言う、渉の瞳は深淵よりも深く、何かを怪しんでいるようだった。