第25話 渉のマンションへ
渉の言葉を整理すると、霊障の原因がわからないということだろう。
そうであれば考えていても答えは出てこない。
そこで俺は話の方向を変えることにした。
「原因を捜すのは止めだ。それより対処法を教えてくれ」
すると少し黙って、渉が提案を伝えてくる。
『心霊現象に詳しくても僕にできることは少ない。お祓いや除霊ができるわけでもない。でも効き目は薄いかもしれないが対処法はある。お札を家中に張るとか、盛り塩を置くとか、気休めでしかないけどね』
「それでもいい。俺よりは詳しいはずだからな」
『わかった。それなら僕のマンションに来てくれ。この前、和也にお守りをあげただろ。あれと同じように神社で祈祷してもらった霊符がある。俺は和也の家を知らないから、取りに来てほしい』
そういえば、渉が転校してきてから、一緒にどこかに行くことはあったが、彼の家を知らない。
男子同士で住所を教え合うこともないからな。
「わかった。今から行く。でも護符や色々を貰ったとしても、使えるのは俺だけだろ。天音、雄二、凪沙の三人はどうするんだ?」
『雄二と凪沙のLINE通話には確かに異変はあったかもしれない。でも、そのことに気づいていない。もしかすると、二人は霊障に強いタイプの可能性もある。和也の話からの推測にはなるが、二人の家に異常はないだろう。断言はできないが、たぶん大丈夫だ』
「それなら天音はどうする?」
『それほど和也が気になるなら、和也が護符を持っていくしかないな。心配するな、僕も一緒に彼女の家まで行ってやるから、恥ずかしがることはないさ』
「別に恥ずかしがってもいないし、天音のことを特に気にしてもいないからな」
俺がムッとした声を出すと、通話の向こうで渉が「そうかい」とクククッと笑う。
もっと言い返してやろうかと思ったが、部屋の時計を見ると時間は十九時を過ぎている。
もし天音の家に行くなら、あまり夜遅くに行くのもマズイ。
そんなことを考えていると渉が『今から住所を言うよ』と伝えてきた。
スマホのメモ帳に彼の住所を書き込んで、「すぐ向かう」とだけ伝えて、通話を終了する。
その後に天音にLINE通話をかけてみた。
しかし、何度通話しても、コール音も鳴らずに連絡がつかない。
渉とは通話できたが、やはり天音とは無理なのだろうか。
一抹の不安を抱えながら、素早く部屋着から外出着に着替えた俺は、階段を急いで下りて玄関に向かった。
すると楓姉が、リビングから出て来て、その指にはクルクルと車のキーが回っていた。
「これから、どこかへ行くんでしょ。外は大雨よ。だから私が送っていってあげるわ」
俺のことを気遣ってくれているようだが、これから渉のマンションへ行くのに楓姉に同伴されるのは、何だか気恥ずかしい。
どうにかして断ろうと頭を捻っていると、楓姉はスタスタと歩いて、玄関で靴を吐いて俺を待っている。
その様子からすると、何を言っても無駄なようだ。
俺は説得するのを諦めて大きくため息を吐く。
「それじゃあ頼む。行先は渉の住んでるマンションだ」
「渉君って転校してきたイケメン男子よね。久しぶりにイケメンと話せる。やっと私の心に癒しが訪れるのね」
「渉と会ったら、要らんことを言うなよな。俺が恥ずかしいだろ」
「わかってるわよ。その点は任せておいて」
楓姉は気軽に言うが、姉の本性を知っているから、安心できないんだよな。
今更、一緒に来るなとも言えず、俺は黙って靴を履き、玄関の扉を開けて外へ出る。
すると楓姉は家の鍵を閉めて、隣の駐車場に置いているスズキ、ハスラーに乗り込んだ。
昔はこの駐車場に親父のトヨタ、カムリが停まっていたのだが、親父は仕事で忙しく、年頃を迎えた俺と楓姉は自然と親父と一緒に行動しなくなった。
なので楓姉の大学進学が決まった時、親父がカムリを売り払ってハスラーに買い替えたのだ。
それからハスラーは楓姉がほとんど独占して乗っている。
俺は助手席に乗り込み、運転席にいる楓姉に渉の住所を伝える。
すると楓姉は、素早くその住所を打ち込み、カーナビを起動させた。
カーナビの画面が変わり、俺の家から渉のマンションまでのルートを表示する。
それを見た楓姉が「ふーん」と言って微笑む。
「このマンションって、この街では駅前に近い一等地じゃない。家賃もちょっと高いかもね」
「そんなことはどうでもいいから、早く車を出してくれ」
俺の言葉を聞いて、楓姉は頬を膨らませると「わかってるわよ」とブツブツ言いながら、ハスラーを発車させた。
大粒の雨がフロントガラスに当たり、ワイパーを使用しているのに、先方の視界が見にくい。
まだ免許を取得して数年しか経っていない楓姉は、慎重にハスラーを進める。
商店街の近くの道路を抜けて、駅前近くになり、横道へと入っていく。
すると地上十五階建てのマンションが見えてきた。
カーナビの画面から推測すると、たぶんあれが渉の住んでいるマンションなのだろう。
マンションの玄関先に軽自動車を停止させ、俺が車内から下りると、楓姉は「停車できる場所を捜してくるから、エントランスで待ってて」と言って、ハスラーは走り去っていった。
それから五分ほど待っていると、傘を閉じながら楓姉がエントランスに姿を現した。
「もう雨で洋服が濡れちゃったじゃない」
「だから一緒に来なくてもよかったんだ」
「イケメンの会える機会を逃がせるもんですか」
傘を畳んで楓姉がニヤニヤと微笑んで、俺の背中を片手で押すと、壁に備え付けられているセキュリティパッドに向かう。
そこで渉から教えてもらった部屋番号を入力し、応答のボタンを押すと、彼の「来ていいよ」という声が聞こえてきた。
すると自動ドアが両側に開き、俺達はエレベーター前のホールに向かう。
「イケメン君は声もいいのね」
「言ってろ、早く行くぞ」
俺と楓姉はエレベーターに乗り込み、15階のボタンを押す。
エレベーターはスムーズに上昇し、すぐに目的階に到着して扉が開く。
廊下に出て遠くに目を向けると、駅前の夜景の雨に濡れてキラキラと輝いていた。