第21話 迫りくる夢
俺も天音も黙ったまま静寂が続いた。
それに耐えられなくなったのか、天音が小さく呟く。
『私は和也のことが中学の時からずっと好きでした。聖華女学院に進学して和也と違う学校になって、連絡も取れなくなってたが、いつも凪沙と和也の話をしていたし、いまも和也を好きって気持ちは変わってません』
「……」
『女の子にここまで言わせてるんだから、何か言ってよ。このまま通話が切れちゃったら、私がもう和也に連絡する勇気ないから……お願いだから何か言ってよ』
「……ありがとうな、俺なんかを好きになってくれて……」
『うん……それで返事はしてくれないのかな……』
天音の声は消え入りそうなほどか細く、彼女の心の不安が伝わってくる。
しかし、俺は今まで周囲にいる女子達に恋愛感情を持ったことはなかった。
なので天音から告白されても、俺には恋愛経験もなく、何を言えば良いのかわからない。
しかし、彼女の真摯な心に応えるために、返事をしなくてはいけないと思う。
真っ白な思考を無理矢理に動かし、俺は強引に言葉を綴った。
「天音に好きと言ってもらって、本当に嬉しい。でも今まで身近にいた女子達を友人としては意識しても、恋愛対象として見ていなかったというか……俺に恋愛ができるとは思ってなかった」
『うん、知ってる……和也って、そういう面で鈍感だから』
「だから今すぐ返事をしろと言われても戸惑う」
『でしょうね。だったら、これから毎日のように連絡するし、いつでも和也に会いに行くから。それで私を恋愛対象の女子として見てみてほしい。それでも和也が恋をしないなら、私も諦めるから。これぐらいのお願いは聞いてよ。女子に告白させたんだから、それぐらいしてくれてもいいでしょ』
「なんか告白したからと言われると、少しズルい気もするけど、わかった。これからは天音のことを恋愛対象として扱うよ。でも友達感覚と何が違うのか全くわからないけどな」
『うん、それでいいわよ。じゃあこれから、話題を変えてお話ししましょ。和也と会っていなかった間、沢山話したいことがあったんだ。実はね――』
どうにか天音にとって及第点の応えを返せたようで、彼女は気持ちを切り替えたように、別の他愛もない話を始めた。
それから一時間ほど彼女の会話に付き合い、LINE通話を終えた俺は、スマホをベッドに放り投げて、そのまま仰向けに倒れ込んだ。
「いったい、何なんだよ……」
莉子の霊障騒ぎの次は元霧原村の怪異との遭遇。
オカルトのような恐怖に遭った次は、天音からの告白。
色々と考えることが増えすぎて、もう頭がパンクしそうだ。
ベッドの布団に潜り込み、現実を遮断するように、強く目を閉じる 。
すると疲れていたのか、すぐに睡魔が訪れ、俺は暗闇の中へと意識を手放した。
するとまた奇妙な夢を見た。
その夢は、前回に見た夢と同じで、草原の中に白いワンピースを着た葵が立っている。
俺の方へ歩きながら、葵は何かを話していて、その表情が徐々に老婆のように変化していく。
それと同時に、彼女の着ている白いワンピースに赤黒いシミが表れ、それがまるで血のように広がっていく。
そして段々と目が落ち窪み、眼球がなくなって、二つの漆黒の空洞へと変わっていった。
ぶらーんと垂れ下がっていた細い腕が、徐々に動いて、手に持つ赤いペンが不気味に見える。
その腕が頭上まで持ち上げられ、ペン先が振り下ろされて俺の顔を襲うところで、俺は意識を取り戻した。
ベッドから上半身を起して、片手で口元を覆う。
「また葵の夢か……それにしても不気味すぎるだろ……」
先ほど夢で見た幻影に意識を取られて動けずにいると、目覚まし時計のアラーム音が鳴り響いた。
それで正気を取り戻した俺は、ベッドから立ち上がり、手早く普段着を脱ぎ捨てて、制服に着替える。
そしていつものように学校に行く準備を整え、ダイニングで食事をしてから、家を出た。
今日は雨が降っていて、路面が濡れ、所々に水たまりができている。
そんな雨模様の商店街を抜けて霧野川高校の正門を潜り、校舎へと入る。
二階の教室に到着し、自分の席に座っていると、凪沙が走り寄ってきて、ニコニコと微笑む。
「天音から報告があったわよ。彼女の告白を受け入れたんだってね。天音、すごく嬉しそうに話してくれたわ」
「凪沙には関係ないだろ。それより教室で変なことを言うな。俺は静かに暮らしたいんだ」
「そういうところが、和也のダメなところよね。まあいいわ。今回は温かく見守っていてあげる」
「うるさいよ、雄二の所へでも行ってろ」
俺は大きく手を振り、凪沙を近くから追い払い、机に両腕を乗せて、いつものように寝たフリをする。
起きていると、また凪沙がからかってきそうだからな。
天音が凪沙にどういう風に伝えたかは知らないが、大袈裟に騒がれると恥ずかしい。
昨日は短い時間しか眠れなかったので、俺は授業中に寝ることにした。
そして時間は流れ、授業の二限目が終わり、休憩時間になった。
ずっと眠り続けていた俺の肩を誰かがポンポンと叩く。
それに反応して目を覚まし、ゆっくりと顔を上げると、渉がにこやかに微笑んでいる。
「そろそろ起きたほうがいい。さっきの授業で課題担当の先生が、和也のことを睨んでいたぞ」
「最近、どうも眠りが浅いようで、妙な夢ばかり見てさ。だから授業中も眠くてな」
「妙な夢とは気になるな。聞いてもいいか?」
渉は目を細め、笑顔を崩さずに、俺に話すように促す。
なので、俺は肩を竦めて、話を続けた。
「大した夢じゃない。ただ毎回、葵が白いワンピース姿で草原に立っているんだ。その葵の顔が徐々に崩れていって、目が真っ黒な空洞になってさ。それで白のワンピースが血の色に染まってる夢さ。たぶん莉子の霊障のことが記憶にあるから、そんな夢を見たんだろ」
「その夢を最近になって頻繁に?」
「ああ、三回ぐらい同じ夢を見たな」
俺は渋い表情をして片手で髪をかく。
すると渉の顔から表情が消え、漆黒の冷たい瞳で俺を凝視していた。