第17話 天音との再会
俺と渉が莉子を見舞い終わって、階段を下りてリビングに行くと、俺達と入れ替わるように、雄二、凪沙、葵の三人が莉子の部屋へと向かっていった。
椅子に座った渉は恭子おばさんと、莉子の精神状態と体調につて話し合いを始めた。
その様子を黙って眺めていると、二階から女子達の泣き声が聞こえてきた。
少し元気を回復した莉子を見て、凪沙達が嬉しくて泣きだしたようだ。
室内で雄二がオロオロしている姿が目に浮かぶ。
それからしばらくして、二階から下りてきた三人と合流して、俺と渉も莉子の家を後にした。
門の所で雄二と凪沙と別れ、今日は渉が葵を家まで送っていくことに。
二人が元霧原村の方向へ歩いていくのを見送って、一人になった俺は見慣れている道を歩いて帰ることにした。
家に到着すると家中には誰もおらず、楓姉はどこかに出かけているようで、終電の時間になっても帰って来なかった。
それと同様に親父は会社に泊まり込んでいるのだろう。
部屋に戻った俺は、学校の課題を熟し、レトルトカレーを温めて夕食を取り、風呂に入って早々とベッドに潜り込んだ。
そして夜中に睡眠が浅かったようで、奇妙な夢を見る。
その夢には、また葵が現れ、草原の中央に立っていた。
彼女は俺を見ると、ゆっくりと近づいてきて、片手をあげる。
すると突然に、顔が崩れ出し、老婆のような表情に変貌した。
そして目には眼球がなく、空洞から血が溢れ滴っている。
その夢に恐怖した俺は、「ギャー!」と叫び声あげて、ベッドから跳ね起き、荒い息を繰り返す。
全身に寒気が走り、額から大量の冷汗が溢れだす。
「いったい何だんだ。どうして葵の夢ばかり見るんだ。あいつに何か起こるっていうのか」
未だに心臓の鼓動がドクドクと激しく、俺は思わず胸元の服をギュッと掴む。
しばらく大きく深呼吸を繰り返し、恐怖を忘れようとベッドから立ち上がった。
それから急いで私室から飛び出し、一階の台所へ向かい、麦茶をコップに注いで一気に飲み干す。
すると水分を補給したことで、冷静さが戻ってきた。
やはり先ほどまでパニックを起しかけていたようで、家中の明かりを点け忘れたようだ。
暗闇が広がる家中へ目を向けると、何か不気味な恐怖を感じる。
俺はそれを気のせいだと強引に思い込み、心から追い出して足早に自分の部屋へと戻った。
そしてベッドの布団に頭まですっぽりと潜り込み、しばらく目を強くつむっていると、いつの間にか睡魔に誘われて意識を手放していた。
目覚まし時計のアラーム音で起された俺は、いつものように朝の身支度を終えて学校へと向かう。
遅刻することもなく教室に到着した俺は、机に両腕を置いて、早々に寝たフリを決め込んだ。
何度も、あの不気味な夢をが頭を過る。
あれは、ただの夢だと、何度も自分の心に言い聞かせ、寝たフリを続けている内に、何度か本当に眠ってしまっていた。
その間に授業は恙なく進み、昼休憩となったが、俺を起しにくるものは誰もいなかった。
勘の鋭い渉であれば、俺に何かあったと察したかもしれないが、夢の話をする気持ちにはなれない。
午後のHRも終わり、教室の生徒達が慌ただしく帰っていく。
その足音で目覚めた俺は、ムクリと顔を上げると、近くの席に渉と凪沙が座っている。
呆れた表情で凪沙が声をかけてきた。
「今日一日、ずっと寝てたでしょ。どれだけ眠れば気が済むのよ」
「昨日の夜、イケない遊びをしてたのかもね」
「さすが渉、わかってるじゃん」
「女子の前で、そんな話しないでよ!」
俺と渉がニヤニヤと笑っていると、凪沙が席から立って、俺の頭に鞄を振り下ろす。
その痛さに頭を撫でながら、俺はノソリと席から立ちあがった。
「待たせたな。今日は天音と会うんだろ?」
「ああ、彼女達と会う時間までまだ余裕がある。 今から駅前に向かえば間に合うよ。集合場所はスィーツ店だそうだ」
「二人で私を無視しないでよー!」
渉と二人揃って教室の後ろ扉へと歩き始める。
すると凪沙が俺の背中を鞄でバンバンと叩いてきた。
その衝撃にムッとして振り返ると、凪沙から少し離れて葵が立っていた。
「言うのが遅れたけど、今日は葵も一緒に行くことになったの。彼女も天音とは同級生だったし」
「そんなことは気にしない。どうせうるさい女子が増えるだけだろ」
「その言い方、絶対に天音達の前で言わないでよ。情報が貰えなくなるから」
「わかってるよ。俺は黙っていればいいだろ」
凪沙の言葉を適当に返し、俺達四人は教室を出て、一階の靴箱へと向かった。
学校の玄関を出て、正門を潜り抜けて、道路を駅方面へと歩いていく。
その間、俺は葵と天音について考えていた。
天音と葵も、小中と同じ学校の出身で、もちろん顔見知りだ。
中学に進学した頃から、天音は明るくて可愛い女子として男子に人気があった。
小柄で物静かな葵と、天音が、それほど親しくしていた印象はないんだよな。
何かを見落としている気もするが、それが何かを思い出せない。
モヤモヤした違和感に気にしているうちに、いつの間にか駅前に到着していた。
スィーツ店の前には、聖花女学院の制服を着た女子三人が立っていた。
二年ぶりに目にした天音の姿は、化粧もバッチリで、胸も大きく、制服も上手く着崩していて、男子にモテそうな雰囲気が漂っていた。
他の二人からは女学院に通っている女子特有の空気が感じられる。
その女子三人に近づくき、凪沙が片手を軽く振る。
「天音、おひさー。見て見て、約束通りイケメンを連れてきたわよ」
「うわー、凪沙が言ってた通りだ。私は天音、凪沙の友達よ。仲良くしてね」
「僕の名は渉。君達のような可愛い女子を紹介してもらえるなんて、僕はツイてるね。凪沙の友達は僕の友達だからぜひ仲よくなろう。名前も呼び捨てでいいし、気軽に話してよ」
渉が爽やかな笑みを浮かべると、聖花女学院の女子三人は嬉しそうに微笑む。
渉の女慣れした対応については、いつも驚かされる。
へそ曲がりの癖に、女子の喜びそうな言葉を、ペラペラとよく吐けるもんだ。
女子達が騒いでいるのを横目で見ていると、天音が振り向いて、俺と目が合う。
「和也だよね。ハロー元気にしてる?」
「おう……天音も元気そうだな」
「背は伸びたのに、和也は全然、変わってないねー」
天音はニコニコと笑って近づいてくると、俺の腕に自分の腕を強引に絡めて、豊満な胸を押しつけてきた。
そして楽しそうに俺の顏を下から見上げてくる。
その表情を見て、思わず俺は渋い表情をなった。
すっかり忘れていたが、天音はこういう奴だった。
だから、俺は彼女のことが苦手だったんだ。