第14話 渉からの相談
柵に両手を置いて霧野川を眺めていると、渉が語り始めた。
「ある神社の女宮司とその関係者に頼まれて、この街にきたんだ。それで和也に協力してもらいたい」
「詳細な説明が全て抜けてるだろ。さっさと吐かないと教室に帰るぞ」
俺が不満気に言うと、渉は肩を竦ませる。
「わかった、わかった。その神社の女宮司が、時々、夢を見るんだ」
「それって正夢もしくは予知夢のようなものか?」
「ご名答。その女宮司には特殊な能力があって、夢でみた場所を念写で記録することができるんだ」
「ということは、その写真に霧野原市の何かが写っていたんだな」
「わかりが早くて助かるよ」
やはり渉は霧野原市の何かを探りに来たようだ。
それに神社の女宮司に頼まれたということは、やはり心霊現象が絡んでいるんだろうな。
そんな知り合いがいるなら、渉が霊障への対処法を知っていてもおかしくない。
どうりで莉子への処置がが手慣れていたわけだ。
そこまで推測して、俺は渉に問いかける。
「それで何を調べてるんだ? 霧野川市の歴史なら、ネットで検索すれば出てくるし、東京の図書館なら地方都市の史書ぐらい閲覧できるだろ」
「それは既に調査済。僕が知りたいのは霧野川市で起こっている心霊現象について。だから公の情報では限界があってね」
史書は過去の出来事を記録しているだけだから、心霊現象の記事なんて載っていないよな。
俺は柵に背をもたれかけ、渉に問う。
「それで霧野川市について何かわかったのか?」
「鎌倉時代から江戸時代にかけて、霧野川は数度の大規模な反乱を起している。当時、多数の村人が洪水に巻き込まれて死亡したことも史書には書かれていた。水害を抑えるため、神社で土地神を祀っていることもわかっている」
「それなら調査は終ったってことか?」
「いや、まだなんだ。洪水の被害があった地域では、今後、水害が発生しないように、人柱を立て、神社で神を祀ったり、昔から儀式めいたことする地域も多くある。霧野川市でも何かが行われていた可能性は高い、しかし、その記録がないんだ」
渉の説明を聞いて、少し気分が悪くなる。
人柱とは、主に建設や土木工事の際に神や霊を鎮めるための供物として、人を犠牲にする儀式や慣習のことを指す。
生きたままの人を埋めることも多かったと、オカルト系Youtube番組でも語っていたな。
俺は大きく息を吐き、渉から視線を逸らした。
「それで俺に話して、何をさせたいんだ?」
「和也だけが僕に違和感を持っていたようだから、素性を明かしておくことにしたんだ。それと僕は元霧原村の情報がほしくてね」
「それなら元霧原村に住んでる学生に聞いたほうがいいぞ。俺は振興地住みだから、あまり詳しくないからな」
「既に元霧原村出身の学年の女子からは情報を集めようとしたさ。でも集まってくるのが女子達の個人情報ばかりでね」
渉はサラリと言って、爽やかに髪をかきあげる。
渉は少し目は鋭いが、街を歩けば、女子達が必ず振り返るほどのイケメンだ。
女子達がウキウキして渉と嬉しそうに話をしている場面が目に浮かぶ。
別に女子達に囲まれたいとは思わないが、思春期の男子としてはなぜかムカつく。
俺はジロリと睨んだ後に、片手をあげる。
「流石、校内でも噂のイケメン転校生だよ。それで教室に戻ってもいいか?」
「正直、困ってるんだ」
「わかった。考えておくよ」
渉を残して、俺はゆっくりと歩いて踊り場に通じる扉を開ける。
これで渉が霧野川市に来た理由はわかった。
俺に身元をバラしてきたのは、莉子の件、元霧原村、二つの怪異に俺が遭遇したからだろう。
そのことで俺が渉の素性について感づいたと察知したのかもしれない。
元霧原村についての情報が集まっていないのも事実だろう。
周囲の学生たちと距離を取っている俺に話を振ってくるなんて、どう考えても人選ミスでしかないけどな。
俺はゆっくりと階段を歩いて、後ろの扉から教室へ入り、自分の席に座って、寝ようと両腕の上に顔を置く。
すると窓際で雄二と凪沙が話ていて、教室の中央に葵が静かに座っていた。
先ほど授業中に見せた、葵の表情が少し気になる。
そういえば、葵を家まで送り届けた時、家を見たが、すごく大きな日本家屋だったな。
彼女の家族であれば、昔からの元霧原村の情報を何か知っているかもしれない。
午後のHRが終わり、放課後になった。
鞄に教材を詰め込み、帰り支度をしていると、雄二と凪沙が俺の席まで歩いてきた。
そして凪沙は腰に片手を当て、なぜかジロリと俺を睨む。
「私、納得いかないの」
「そうか、何のことかわからんが、話を聞いてもらいたいなら雄二がいるだろ」
「私は、そういう和也の態度に納得がいないって言ってるの」
「俺?」
驚いて雄二に視線を移すと、彼は困り顏で髪をかく。
すると凪沙は机に片手をバンと置いて、俺に顔を近づける。
「莉子が大変になってるのを和也も見たじゃん。友達だったら心配して当然でしょ。なのに俺は関係ないって態度してさ。和也のそういう所がムカっとするのよ」
「これは俺の性格だ。他人に指摘されてすぐに直るもんでもないだろ。それに俺は今の性格を気に入ってる」
「私は和也の性格の話をしてるんじゃないわよ」
凪沙と俺が、視線の火花を散らしていると、雄二が会話に割って入ってきた。
「二人共、言い合いをそのぐらいにしろよ。和也、俺からも頼む。一緒に莉子を見舞おうぜ。そうしないと凪沙がいつまでも怒ってるからさ」
「雄二もご苦労さんだな。わーったよ。一緒に行けばいいんだろ」
俺は大きく息を吐いて、席から立ち上がる。
すると少し離れた場所にいた渉と葵も俺達三人に近づいてきて、五人で莉子の家に向かうことになった。