第13話 妙な夢
ダイニングへ行くと、テーブルの上にハンバーグ、サラダ、ご飯、味噌汁がキチンと並べられていた。
ハンバーグは大好物だし、腹はあまり減ってないがこれなら食べられる。
楓姉は大雑把なようで、実は料理が上手い。
姉が小学校の頃から台所で料理を作っていたからな。
椅子に座って黙ってハンバーグを口に放り込んでいると、対面の椅子に座った楓姉が首を傾げる。
「それにしても渉君って何者なの? 莉子ちゃんへの対処も、和也を見つけたことも、随分と心霊に慣れているわよね」
「あいつは転校してきたばかりだからな。どんな素性か誰も知らないと思うぞ。聞いて素直に教えてくれるような奴じゃないし」
「ふーん、そうなんだ。その割には和也は渉君のこと、よく理解してるわね。一度、家に連れてきなよ。幽霊現象に詳しいイケメンなんてレアじゃん。お姉ちゃんに紹介しなよ」
「楓姉はイケメンの彼氏候補が欲しいだけだろ」
「それより重要なことってある? それに平和な日常の裏に潜む怪異。それと対峙するイケメン男子。これって萌えるでしょ?」
「言ってろ。食い終わったから部屋に戻るぞ」
俺はテーブルに両手を着いて、立ち上がりスタスタと部屋の扉へと向かう。
すると背中から「お姉ちゃんに癒しをくれてもいいじゃん」と、楓姉の言葉が聞こえてきた。
それを無視して扉を閉め、階段をゆっくりと上って、部屋の明かりもつけずにベッドに潜り込む。
授業の課題があったが、それをやる気にもならず、早く寝ようと目をつむる。
すると疲れていたのか、腹も満たされ、俺はすぐに睡魔に誘われた。
どれぐらいの間、眠っていただろうか。
夢の中に葵の姿が現れた。
彼女は白いワンピースを着て遠くの草原に立ち、、体を横に向けて空を眺めている。
そして顔をこちらに向け、俺を発見すると、ゆっくりと歩いてくる。
しかし、彼女の姿は遠く、葵だとわかるのだが、表情がよく見えない。
そこで段々と視界は暗くなり、また俺は深い眠りへと落ちていった。
『ピピピ、ピピピ』というアラーム音が聞こえてきて、俺はゆっくりと目を覚ます。
上半身を起して、夢で見た莉子を思い出し、なぜ彼女の夢を見たのか、首を捻った。
昨日、久しぶりに莉子と話したから、その印象が残っていたのかもしれないな。
俺は気分を切り替え、学校に行く準備を始めることにした。
それから四十五分後、全ての用意を整えた俺は、玄関で靴を履いて、霧野川高校へと向かう。
そして商店街に差しかかると、誰かに後ろから、背中を叩かれた。
それに反応して振り返ると、雄二と凪沙が、俺に向けて片手をあげる。
「昨日は大変だったな」
「ああ、お互いにな」
それから雄二と俺が会話をしていると、凪沙が割って入ってきた。
「あの様子だと、莉子は今日も休みよね」
「俺に聞いてもわかるわけがない」
「連れないなー。今日も私達、莉子の家へお見舞いに行こうって話てたんだけど、和也も行かない?」
「俺はパス。渉が毎日、莉子の家に通うと言ってただろ。俺が行っても何もできないからな。それに、あの症状については渉の領分だ。渉に任せておけばいい」
俺は雄二と凪沙の前をスタスタと歩く。
すると雄二の声が耳に入ってきた。
「和也はちょっと捻くれてるから、素直になれないっていうかさ。それは凪沙もわかってるだろ」
「そうだけど、あんな言い方されたら、莉子の心配してる私達がバカみたいじゃない」
「そう言うなよ。俺が一緒に莉子の家に行くからさ」
どうやら俺が怒らせてしまった凪沙を、雄二が諫めているようだ。
惚れた女子の機嫌を保つのも大変だな。
しかし、俺の言ったことは事実でしかない。
莉子に怒っているが霊障であれば、俺には何の手立てもないんだからな。
それに渉なら対処方法を知っている。
昨日の経緯でわかったことだが、心霊現象のような異常な出来事に対して、俺の心は非常に脆い。
こんな状態では、何か起こった時、俺が渉の足を引っ張ることになる。
だから悔しいが今は渉に頼るしかないんだ。
俺はそう自分に言い聞かせ、学校への道を急いだ。
教室の机の上に、両腕を組んで顔を伏せる。
するといつの間にか寝ていたようで、気づくと二時限目の授業中だった。
顔を横に向け、黒板の方へ視線を向けると、授業を静かに聞いている葵の姿が目に映った。
日頃から大人しい葵だが、今日は一段と影が薄い気がする。
いつも透き通るような白い肌だが、今日の顔色は普段よりも青白い。
昨日の莉子の家での一件もあったから、彼女もまだ疲れているのかもしれない。
あんな夢を見たからなのか、妙に葵のことが気になる。
久しぶりに会話をしたことで、彼女を異性として意識したわけではない。
今更、葵と昔のように仲よくしたいとも思っていない。
何だか自分に言い訳をしているようで、少しイヤな気持ちになる。
また眠ろうと思っていると、俺の視線に気づいたのか、葵が突然に振り向いた。
そして俺と目が合うと、微笑んで小さく手を振る。
しかし、その瞳は憂いを含んでいるように、どこか悲し気に見えた 。
俺は片手で合図し、また腕に顔を伏せる。
それから、また眠ってしまったようで、誰かに肩を叩かれたことで目が覚めた。
ノロノロと顔を上げると、渉がニコリと微笑んでいる。
「もう昼休みだぞ。ちょっと付き合ってくれ」
「男の話に乗る趣味はないぞ」
「女の話に乗る趣味もないだろ」
渉は俺の背中をパンパンと叩くと、彼はそのまま教室を外へと姿を消した。
それを見た俺は、仕方なく椅子から立ち上がり、欠伸をしながら、彼の後を追って歩き出した。
渉は階段を上っていき、三階を超えて屋上の扉を開けて出ていく。
「ここは立ち入り禁止だぞ」
「僕は優等生としての評価が高いんだ。それに校則を知らなかったと言えばいい。僕は転校生だからバレないさ」
「確信犯だから質が悪い」
「世の中も、人もそんなもんだろ」
「話題をすり替えるな」
俺と渉は他愛もないやり取りをしながら、屋上の柵まで歩いていく。
すると眼下にグランドで運動している学生達がよく見えた。
「こんな場所まで引っ張ってきて何の話だ?」
「少し僕の話をしようと思ってね」
やっぱり渉は何かを隠していたんだな。