表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/55

第12話 楓姉

家の玄関に入り、台所で麦茶をコップに注いで飲んでいると、扉が開いて楓姉が部屋に入ってきた。


そして俺の顔を見て、驚いて目を見開く。


「和也、いったい何があったの? 顔が疲れ切ってるわよ」


「そうか。今日は色々と遭ったからな」


無表情で答えると、楓姉が近寄ってきて、両手でガバっと、俺の頬を挟む。


「体も冷え切ってるじゃない! お風呂の湯、電源入れておくから、後から湯船に入ること!」


「はいはい、わかったよ。じゃ、俺、部屋に行くから」


心配している姉を残し、扉をバタンと閉めると、俺はさっさと二階にある自分の部屋へ向かった。


楓姉は三つ年上の俺の姉だ。


幼い頃、母親代わりのつもりだったのか、楓姉は俺の面倒をよく見てくれた。

小学校の頃までは、俺も楓姉によく甘え、よく一緒にいた記憶がある。


俺が中学校に入学し、徐々に反抗期が悪化し、それからは楓姉と距離と取るようになった。


楓姉も高校生になっていたので、友達や彼氏と出かけていることも多く、活発な姉はやりたいことも沢山あったようで、次第に家出もすれ違いの生活をするようになった。


しかし、やはり楓姉は俺のことが心配らしく、妙に勘を働かせて、俺に何かあると絡んでくるのだ。


そんな姉を普段は疎ましく感じることもあるのだが、今日はなぜか楓姉の顔を見て、安堵する自分がいた。


そのことを知られたくなくて、早々と部屋に撤退することにしたのだが。


階段をゆっくりと上っていき、扉を開いて、室内にブレザーを脱ぎ捨てる。

そして首に緩く巻いているネクタイを強引に外して、ベッドへと倒れ込んだ。


仰向けになって片腕を額の押しつけ、天井を見あがる。


「……疲れたな……」


目を開けたまま呆然としていると、莉子の家での出来事、元霧原村での怪異が頭に浮かんできた。


すると暗闇で遭遇した恐怖を思い出し、その瞬間に背中に悪寒が走り、体をブルっと震わせる。


あの時はあまりの怖さに体が言うことを聞かず、身動きも取れずにパニックに陥った。

もし渉が現れるのが遅かったら、俺は発狂して叫びながら無茶苦茶に暴れ、方向もわからずに暗闇の中を迷走していた。


俺は今まで、同年代の中では比較的に冷静で、理性的な判断ができるタイプだと自分のことを思っていた。

しかし、人知を超える未知の恐怖に遭うと、すごく俺の心は脆かった。


渉の口ぶりや態度から、あいつは心霊の恐怖を何度も経験しているはずだ。

だから漆黒の暗闇の中にいる俺を発見できたに違いない。

それが何だか悔しい。


両腕で顔を覆って、身動きせずにいると、扉が開いて楓姉が姿を現した。


そしてゆっくりと歩いてくると、ベットの傍に座る気配がする。


片腕を顔から下ろして、顔を横に向けると、楓姉が不安な表情をして、おれとジッと見ていた。


「こんな和也の顔、初めて見たわ。何があったかお姉ちゃんに言ってみなさいよ」


「うっさいなー。自分の部屋へ戻れよ」


「今日はダメ。いつもと様子が違うもの。普通じゃないよ。話を聞くまで、ずっと部屋にいるからね」


楓姉は表情を厳しくして、大きな胸の下で両腕を組む。


昔から俺に何かあると、楓姉は必ず相談に乗ろうとしてくれた。

楓姉は一度決めたら頑固だ。

特に俺を心配している時はそうだ。

こうなると楓姉はしつこい。


姉の性格を熟知してる俺は諦めて、上半身を起してベッドに腰をかける。


「今から信じられない話をするけど、聞くか?」


「何でも聞く。それに和也の話を信用する」


「それは気が早いよ。話の内容で判断してくれ」


それから俺は今日一日に遭遇した怪異を、楓姉にゆっくりと話した。


楓姉は両手を両膝に押しつけて、真剣な表情で聞いている。


そして話を聞き終わると、胸に片手を当てて、楓姉が安堵の息を吐く。


「だいたいの内容はわかったわ。それで渉君ってイケメンなの? 年上も好みの範囲なのかな?」


「はぁあ! 人が真剣に話てやったのに感想はそれか!」


「冗談よ。あまりにも怖かったから、少し緊張を解したくって。話を聞いてる限り、今日、渉が体験したのって心霊現象よね」


「俺の話を信じるのか?」


「私の友人にも霊感持ってるっていう女の子もいるしね。渉が体験したようなリアルな話は聞いたことはないけど、心霊スポットに遊びにいって、心霊写真が取れたとか、奇妙な音が聞こえたって話なら聞いたことはあるわ。今日まであまり信じていなかったけど。和也が遭遇したんだから信じるわ」


「単純な奴だな」


「それぐらいで丁度いいのよ。だって深く考えてみても、心霊現象の原因なんて答えが出ないもの。そんなのは専門に研究している人達に任せればいいのわ。お寺のお坊さんとか、神社の宮司さんとか」


そう言って、楓姉はヘラっと明るく微笑む。


楓姉は普段は適当なことを言っているが、実は気遣いをする女子だ。


今も俺が心霊体験で心が萎縮しているのを見抜いて、わざといい加減なことを言って、明るく振舞っているのだろう。


そのことで楓姉の温かい気持ちが伝わってきて、俺は少し嬉しくなった。

しかし、絶対に表情や態度には出すつもりはない。


楓姉は立ち上がると、扉の所まで歩いていき、俺の方へ振り返る。


「渉君って子が、心霊現象に詳しいんでしょ。それなら渉君に心霊への対処法を色々と聞けばいいのよ。和也は心霊について何の知識もないんだから。そんな時は他人の知識を盗めばいいの。だって今の人達のほとんどは他人の知識で暮らしてるんだから。それより、渉君を家に連れてこない? お姉ちゃんに紹介してよ」


「弟の心配よりイケメンが大事か!」


「当たり前じゃない。心の癒しには、イケメンが一番なんだから」


そう言葉を残して、楓姉は階段を駆け足で下りていき、一階から「早くお風呂に入りなさーい!」と言ってきた。


その楓姉の行動に、俺は少し気持ちが軽くなる。

やはり俺のことを姉は見透してるようだ。


楓姉はとぼけた振りをして、勘が鋭いんだよな。


俺はノロノロとベッドから立ち上がり、普段着に着替えて、風呂に向かうことにした。


短時間だけ湯船に浸かり、すぐ体を洗い終えて、浴槽から上がる。

脱衣所で服を着直し、髪をドライヤーで乾かしていると、扉の隙間から楓姉が顔を覗かせた。


「髪を整えたら、ダイニングに来てね。夜食を用意したから」


莉子の家でカレーを食べてきたのだが。


いつもは無視して部屋に戻るが、今日は素直に楓姉の言葉に従ってもいいかもな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ