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第10話 暗闇の怪

葵を彼女の家まで送り届けた帰り道で、ふと立ち止まり、後ろを振り返った。

すると、古い土塀の向こうに葵の家の門扉が見える。


二人で一緒にいる時は気づかなかったが、一人になると異界に迷い込んだような錯覚を覚える。

路地の前も後ろも、暗闇が続く細い道には、ポツポツと立っている電柱から薄暗い街灯の明かりが灯っている。


時折聞こえる樹々のざわめきや、かすかな風の音が、ここが現実であることを教えてくれるようだ。

その灯りを頼りに歩いていき、曲がり角でまた立ち止まる。


葵と歩いてきた道順を思い出そうとするが、どの路も暗がりで、同じような土塀が続いているので、記憶がハッキリとしない。


「困ったな。葵を届けてすぐに迷子かよ」


俺は髪をかいて、頭上を見上げる。

空一面にどんよりとした雲が広がり、月や星の明かりと発見することもできない。


そして、ふと視線を路上に戻すと、街灯の灯りの向こうに、小さな人影が見える。

それを不思議に思って、歩いて近づいてみると、その黒い影は路に立つお地蔵様だった。


「行き道にお地蔵様なんてあったっけ? 」


思い返してみても、記憶にない。


するとなぜか、脳裏に葵の表情が浮かんできた。


行き道では、無意識に葵のことを気にしていたんだな。

お地蔵様を見落とすなんて俺らしくもない。


それからしばらく歩いてとまた地蔵様が立っていた。

そして、行き道で曲がったと思う角を折れると 、今度は小さな祠の中に地蔵様が祀られていた。


その祠をながら鼻の頭を指でかく。


「変だな。こんなに地蔵様があるなら、すこしは気づいてもいいはずなのに」


不思議に思いながら、何度目かの角を曲がる。

すると街灯も一切ない、暗闇の細い路地が現れた。


その風景を目にした瞬間、首筋にチリチリとした感覚が走り、背中にはゾワッと悪寒が広がった。


気がつけば、先ほどまで微かに耳に届いていた風の音も今はすっかり途絶え、冷え冷えとした空気が辺りに漂っている。


まるで重苦しく、どろりとした空間に迷い込んだかのようだ。

カラカラに乾いた喉から、思わず声が漏れた。


「何だよ、これ……」


暗闇の路地の向こうをじっと見つめると、漆黒の闇からはっきりとした視線を感じる。

何かが暗闇の中から俺を見ていた。


その瞬間、冷汗が全身に溢れ、視線を外すことができなかった。

絶対に、この路地の奥へ進むのはダメだ。

俺の直感が激しく囁く。


マズイ!

マズイ!

マズイ!


俺は身構えたまま、硬直した体を引きずるようにして、足を半歩ずつ、ずりずりと後退する。

じりじりと後ろへ下がっていくと、背中が土壁にぶつかった。


その瞬間、他の道へ逃げられるかと思い、顔を左右に向ける。

ところが、左右の路地も街灯の灯りが途絶え、暗闇が広がっていた。


耳を澄ましても、風の音も聞こえてこない。

その異質な空間に恐怖を感じた俺は、体中に強烈な寒気を覚えた。


この状況はヤバイ!


俺はパニックになりそうな心をグッと抑え、冷静に考えようと必死に取り組む。

ジッと俺を見ている視線を感じるから、目の前の路には何かがいる。


左右の路も暗闇で、どこに通じているのかもわからない。

そして懸命に思考を巡らせているうちに、 ふと渉の姿が脳裏に浮かぶ。


『細い路地の入り組んだ場所には気を付けろ。もし迷ったら焦って動くな。そして変だと思う自分の勘を信じろ』


渉は確かにそう言った。


今はまだパニックになりそうで、冷静になれていない。

だから、また動いてはいけない、そんな気がする。


俺は自分の口から荒い呼吸音が漏れるのを感じ、右手で胸の中央を鷲掴みにする。


落ち着け!


落ち着け!


とにかく落ち着け!


目の前に広がる漆黒の闇を凝視していると、得体の知れない恐怖が胸中に渦巻く。

感情を抑え込もうと必死になるが、心臓の鼓動がバクバクと耳障りな音を立て、冷たい汗が額からじわりと流れ落ちる。


その時、闇の奥深くで微かに何かが動いたように感じた。


ズズーー ズズーー ズズーー


地面を引きずる音が静寂を裂くように響く。

暗闇の中を漆黒の何かが、近づいてくる気配がした。


緊張が身体を支配する中、ブレザーのポケット部分を鷲づかみにする。

するとポケットの中にある固い物体の感触があり、手を突っ込んで取り出すとスマホだった。


誰かに連絡をして助けを呼ぼう!

雄二ならきっと連絡が取れるはずだ!


俺はスマホの画面をタップして起動させようとした。

しかし、何回タップしてもスマホの画面が起動しない。


学校でも莉子の家でもスマホを使っていたが、まだ十分に充電があるはずだ。


どうしてスマホが使えないんだよ!


焦りと恐怖が込み上げてくる中、俺は何度もスマホの画面を叩いた。

しかし、その黒い画面は、俺の心を嘲笑うかのように反応しない。


思わずスマホを投げ捨てたい衝動に駆られたが、その感情を必死に押さえ込む。

ここで理性のタガが外れれば、錯乱して闇雲に走り出しそうだ。


俺は震える手でスマホをポケットに戻し、闇の中に潜む恐怖を凝視した。


ズズーー ズズーー ズズーー


地面を何かが這う、微かな音がさっきよりもハッキリと聞こえてくる。


イヤだ! 

イヤだ! 

イヤだ!

 

来るな! 

来るな!


来ないでくれ!


俺は自分の両手をギュッと握り締め、壁を背にズルズルと座り込んだ。

目からは涙が溢れ、ハァハァと荒い呼吸が止まらない。


地面を何かが這う微かな音が、徐々にはっきりと聞こてくる。

耳元に響くその音に、俺は恐怖で凍りついた。


イヤだ! 

イヤだ! 

イヤだ!

 

心の中で叫びながら、無意識に両手を握り締める。

「来るな! 来るな! 来ないでくれ!」と祈るように繰り返すが、その音は止まらない。


その恐怖に耐えかねて俺は背を壁に預け、力が抜けるように座り込む。

涙が溢れ出し、ハァハァと荒い呼吸が止まらない。


恐怖と絶望が、じわじわと心を蝕んでいくのを感じる。


漆黒の闇の中、迫りくる何かに目を凝らしていると、耳に「リーン」という鈴の音が小さく響いてきた。


リーン!

リーン!

リーン!

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