第1話 『こっくりさん』
梅雨入り前の五月の中旬、空を重たい灰色の雲が覆い 、小雨が降りそうな少し肌寒い日。
霧野川高校の午前の授業が終わり、学生達は昼休憩となった。
やっと勉強から解放され、教室の中の雰囲気が一気に和らぐ。
机の上に置いて両腕を解き、俺こと月森和也は上半身を起し、両手を広げて背中を伸ばす。
ふと、教室の後ろへ、視線を向けると女子二人は机を挟んで対面に座り、何かをやり始めた。
その様子をジッと凝視していると、隣まで歩いてきた 野風雄二が不思議そうに首を傾げる。
「和也、あれは何をしてるんだ?」
「たぶん、こっくりさんだな」
「幽霊が降りてきて、質問に答えてくれるというアレか? また流行ってるんだな」
二人を観ながら、雄二は目を細め、呆れた表情をする。
小学校の頃から外で遊ぶことが好きで、スポーツ少年だった雄二には、ホラーやオカルトは興味ないだろうな。
しかし、占い、心霊現象、ホラー、オカルトなどが大好きな女子は意外と多く、最近では、20XX年の地球滅亡説、陰謀論、都市伝説が流行り、、その流れで、オカルト、ホラー、怪談などもYouTubeでブームになっている。
スマホ世代にとって、YouTubeは大事な情報源であり、、俺でも実話怪談系の番組を少しは見たことがある。
俺としては心霊現象の有無はがどちらでもいいし、。あまり信用もしていない。
なので学校で女子達が騒いでいても、あまり関心はない。
話を合わせる程度には、怪談を知っているぐらいのものだ。
そんなことを考えていると、俺と雄二の傍まで渉が歩いてきた。
「二人ともボーっと何を眺めているんだい?」
「ああ……葵と莉子が『こっくりさん』をしているんだ。それでちょっと気になってな」
「何を占っているのか知らないが、また厄介なものが流行っているね」
渉はチラリと女子二人を見て、俺達に向けて軽く微笑む。
俺と雄二は、小学校からの幼馴染で、神代渉は一週間前に霧野川高校に編入してきた転校生だ。
転校当初は、容姿端麗でイケメンな 渉に、女子達が嬉しそうに嬉々として騒ぎだし、その逆に、女子達に囲まれている彼を、疎ましく感じる男子が多かった。
しかし、この一週間で、誰にでも気軽に話をする渉は、徐々に男子達にも受入れられていき、最初は反発的だった雄二も今では、すっかり仲良くなっている。
それで俺はというと、渉とは距離を取ろうとしているが、なぜか彼に気に入られて、昼休憩の睡眠を邪魔されているのだ。
すると雄二が首を捻って、渉に質問する?
「あれって占いなんだろ? 本当に当たるのか?」
「莉子と葵も遊びのつもりだが、あれはそういうものじゃない。一歩間違えると危ないかもね」
「そんな物騒な占いなのか?」
「だから占いじゃないって」
渉は爽やかに微笑み、ニッコリと顔を横に傾ける。
『こっくりさん』は19世紀の海外で流行ったウィジャボード を使った遊びで、降霊術の儀式の一種とも言われている。
たぶん渉は心霊を呼ぶ儀式であることを知っている。
なので『こっくりさん』を渉は危ないと言ったのだ。
『こっくりさん』をするには、白い紙を用意し、ペンで紙面の中央に鳥居を描く。
そして、その下、紙面の左上部にはい、右上部にいいえと書く。
次にその下に左から0から9の数字、そしてその下に右端からひらがなをあいうえお順で上から下へと書き、鳥居の上に十円玉を乗せれば、『こっくりさん』の準備が整うことになる。
地域によって構図は違うらしいが、ほぼ内容は同じだ。
そして十円玉を二人の指で押えて『こっくりさん』に色々な質問をし、すると幽霊が降りてきて勝手に十円玉が動き出して答えてくれるというわけだ。
『こっくりさん』による心霊現象の報告は世界中にあり、遊んでいた者達とその周囲に不幸をもたらした例も多くある。
清水莉子と幸村葵の二人は神妙な表情で『こっくりさん』に小声で質問し、十円玉が動いて答えがわかると、キャッキャと嬉しそうに喜んだりと騒いでいる。
たぶん彼女達も霊を降ろして占いすることを知っているはずだ。
でも、少しぐらい怖いのほうが遊びが盛り上がったりもする。
真夜中に友人達と心霊スポットに行く理由と同じだ。
俺達三人で他愛もない雑談をしていると、教室の後ろから突然に女子の「キャー!」という大きい悲鳴が聞こえてきた。
それに驚いた俺、渉、雄二の三人は、声の方向へ振り向くと、『こっくりさん』で遊んでいた莉子のが、慌てて椅子から立ち上がり、膝を屈めて床に落ちている十円玉を拾っている。
席に戻った莉子とは違い、葵は席に座ったまま両手で口を覆って、顔色を青くしている。
あの様子だと、葵だけが『こっくりさん』が一種の降霊術の儀式だと知っていたんだな。
しかし、十円玉が変な動きをしたかたといって、心霊現象と決めつけるには早計だ。
二人の内の誰かが、指に力を入れて十円玉を動かしたと考えるのが一般的だろう。
霊がいる演出をした可能性もある。
二人の意見を聞いてみようと、雄二を見ると、彼は苦笑いを浮かべている。
「あんなに大きな悲鳴を聞いたら、ビックリするだろう。なあ渉」
「ああ……そうだね……」
声をかけられた、渉はジッと女子達を凝視している。
その表情は、いつも教室で見せている爽やかな笑顔ではなく、深淵を見通すのような暗い瞳だった。