3.初顔合わせ(1)
トラゴス国を出るときは、華やかなドレスを着た。しかし、それは見送る者への演出であって、移動中は動きやすく簡素なドレスを着る。
そして国を出てから十日目の朝。出立時と同じドレスを身につけた。
ハバリー国へと入ったのは五日ほど前。関所を抜けて、ハバリー国の国境の街、ガイロの街に入った。すでに連絡はあったようで、ここで手厚く歓迎され、馬車もトラゴス国のものからハバリー国のものへと乗り換えた。
「閣下は、首都でお待ちです」
そう言われたのは、ガイロの街を訪れたとき。
閣下――それはオレリアの夫となるクワイン将軍を指す。
クワイン将軍はミルコ族と呼ばれる部族の男であり、ミルコ族は現首都部サランを拠点として生活をしていた。そのため、彼はサランにいるのだろうと、オレリアでも予想ができた。
ただ、そう告げた彼の視線が、メーラを捕らえていたのが気になった。
首都サランに入り、王城が近づくにつれ、オレリアの心臓も馬車と同じようにゴトゴトと音を立て始める。
「メーラ。どうしましょう。ものすごく、緊張してきたわ……」
口から心臓が飛び出てしまうのではと思えるほど、先ほどから心臓がうるさく動いている。
「そうですね。見知らぬ場所ですから。ですが、今までを思い出してください。ハバリー国の方は、優しい方のようですね。私も、たいへんよくしてもらいましたから」
メーラの言うとおりである。休憩として予定されていた屋敷や宿に足を運ぶと、オレリアだけでなくメーラも親切なもてなしを受けたのだ。
「ハバリー国は、さまざまな部族と文化の国とは聞いておりましたが。本質はどこの部族も同じなのでしょうね」
だから、クワイン将軍も優しいはずと、メーラは言いたげだった。
馬車が大きく揺れて止まった。それと同時に、オレリアの心臓も止まるのかと思うくらい、驚いた。
「安心してください、オレリア様。私がお側についておりますから」
馬車の扉が外側から開けられ、そこから差し込む日の光で思わず目を細くする。
「手を……」
目が慣れたころ、軍服姿の一人の大柄な男性が、手を差し出した。その手をとって外に出ろという意味だろう。
だけど、オレリアは違和感を覚えた。これは、ハバリー国に入ってから、ずっと感じていたものでもある。
男の手は、メーラに向けられていた。
メーラは困った様子で、ちらちらとオレリアに視線を向ける。
「オレリア王女殿下……?」
いつまでも手を取らないメーラに、男も怪訝に思ったのだろう。
オレリアは、大きく息を吸った。
「オレリアは、わたしです……。その女性は、わたし付きの侍女のメーラです」
男はそのままの姿勢を保ちながら、顔だけオレリアに向けてきた。
鉄紺の瞳と目が合った。彼は、じっとオレリアを見つめている。オレリアも負けじと彼を見つめ返した。
ふと、彼の目尻がゆるむ。
「失礼した。オレリア王女殿下。手を」
オレリアは差し出された男の手に、自身の手を重ねた。オレリアの倍もあるような大きな手は、皮も固くごつごつとしていたが、触れたところから伝わるぬくもりが心地よい。
「わぁっ……!」
思わず感嘆の声が漏れ出たところで、口を閉ざす。はしたない真似をしてしまった。
「ようこそ、ハバリー国へ。ここがラフォン城だ。これから、あなたが住まう場所となる」
挨拶をしていないことを思い出し、オレリアは手を離してスカートの裾を持ち上げる。
「お目にかかれて光栄です。トラゴス国第二王女オレリアと申します。このたびは、この縁談を受けてくださり、ありがとうございます」
義母から教え込まれた文言である。
「はじめまして。俺がアーネスト・クワインだ。先ほどは、間違えてしまい申し訳なかった。王女殿下は、十八歳と聞いていたのでな」
だから、このような子どもだとは思わなかった。そう、聞こえたような気がした。
「気分を害されたのなら、申し訳ない。そういう意味ではない」
では、どういう意味か問いたかったが、それを聞いてどうしたいのか、オレリア自身がわからなかった。
「長旅で疲れただろう。部屋に案内しよう」
「お気遣い、痛み入ります」
その言葉に、アーネストは眉間にしわを作った。
言い方を間違えてしまったのだろうかと、オレリアは焦ったが、彼は怒っているわけではなさそうだ。
オレリアの手を取りながら、ゆっくりと歩いてくれる。