2.突然の縁談(3)
「そこに座れ」
国王が顎でしゃくった先にある二人がけ用の椅子の隅っこに、オレリアはちょこんと座った。
「縁談だ。もちろん、お前のな」
声が出そうになったが、それを呑み込んだ。ここでオレリアの発言は許されない。黙って話を聞くのみ。
「よかったわね、オレリア」
金色の髪をふんわりと揺らして、姉のミレイアが馬鹿にした様子で笑う。その隣で兄でもある王太子も、にやにやと不気味な笑みを浮かべている。
本来であれば、先に縁談がくるのは姉のミレイアのはずだ。それに今、ミレイアにはハバリー国との縁談があり、彼女がそれをよく思っていないことをオレリアは知っている。にもかかわらず、ミレイアの機嫌がいいのが気になった。
「お前には、ハバリー国のクワイン将軍に嫁いでもらう。ハバリー国の建国に一役買った人物だ。闘神とも呼ばれ、国王からの信頼も厚い。それに、あの荒れ狂う蛮族たちをまとめているのも、国王よりもクワイン将軍という話だ」
国王の声に、他の三人は薄ら笑いを浮かべている。
「ハバリー国は建国されて二年だが、さまざまな部族から成り立っている国であるため、勢いがある。ハバリー国と協定を結んだ国も多い。だから我が国は、王女を差し出すことにした。トラゴス大国の王女の嫁ぎ先としては、十分だろう? 国内の寂れた貴族に嫁ぐよりも、恵まれているとは思わないか?」
政略結婚と呼ばれるものである。オレリアの母親だって、それのせいでこのトラゴス大国に嫁いできたのだ。ただし、側妃として。
オレリアの母親は、シーニーという小さな国の王女であった。今となっては、ハバリー国よりも小さな国になっているかもしれない。 シーニー国は花によって生計を立てている小さな国。生花はもちろんのこと、花の加工品、そして花の蜜。それらを売って資金にしていた。
だけどある年、大干ばつによってその花のほとんどが枯れてしまったのだ。花を売って金を作っていた国から花が消えたら、その生活は貧しいものになる。
そんなシーニー国はトラゴス大国から援助を受けたいがために、王女を差し出した。オレリアの母親は、美姫として大陸内に知れ渡っており、トラゴス国王もまんざらではなかった。
嫁いですぐに、国王は側妃と共に何日も寝室にこもったという噂すらある。その結果、生まれたのがオレリアなのだ。
しかしオレリアを身ごもってから、国王はオレリアの母親に興ざめしたらしい。懐妊がわかった途端、母親を離宮へと追いやった。そしてオレリアの母親が亡くなると、今度はオレリアをあのちっぽけな小屋へと追い出したのだ。
それでもオレリアは王女。必要最小限の教養は必要だろうとのことで、プレール侯爵夫人が教育係としてつけられた。プレール侯爵夫人は、王妃の遠縁とも聞いたことがある。
「先ほどの挨拶を見ても、所作は申し分ないだろう。きっとクワイン将軍もお前を気に入るはずだ」
それはどうだろうか。
何よりもオレリアはまだ八歳である。しかも、十分な食事を与えてもらえているとは言えない。使用人の同じ年の子どもたちよりも、貧相な体つきをしているだろう。
そんな子どもが嫁いだら、クワイン将軍だっていい迷惑だろうに。
だけどそれを発言することなどオレリアには許されていないし、この縁談を断れる力もない。ただ、国王の言葉に従うのみ。
「ですから、オレリア」
猫なで声を出す王妃は不快である。王妃は、オレリアの母親とはまったく似ていない。丸い顔も、ふくよかな身体も、オレリアの母親とは正反対の姿である。
「しばらくはこちらで、花嫁となる準備に励みなさい。まぁ、あそこは蛮族の集まりですから、あまり礼儀にはうるさい国ではないと思いますけどね」
真っ赤な唇が、不気味に弧を描く。
「王妃さまのお心遣い、ありがたくちょうだいいたします」
オレリアの言葉を聞いた王妃は、満足そうに微笑んだ。
どちらにしろオレリアの意見なんて聞き入れてもらえないのだ。だったら、彼らの言うことを素直にきいたほうが、精神的にも体力的にも、無駄がなくてよい。