16.邪魔をする者(3)
「さすが闘神のクワイン将軍ですわね。そうやって顔色一つ変えずに、陛下と王太子殿下の首も落としましたね」
え?
オレリアの憂いた唇は、声を出さずにその形を作った。
「やはり、オレリア様はご存知なかったのですね? クワイン将軍がマッシマ公爵と手を組んで、陛下と殿下を討ったのですよ。まったくオレリア様。なんのために、あなた様をハバリー国へ嫁がせたと思っているのですか? あの男を殺すためですよ」
オレリアは、いやいやと駄々を子どものように、激しく首を振る。
それでもプレール侯爵夫人は言葉を続ける。
「あなたをハバリーに捧げて、ハバリーを落とそうとしたのに……。あの男がすぐに兵を挙げたから、失敗に終わりましたけれども」
アーネストは鋭くプレール侯爵夫人を睨みつけた。
オレリアは聞きたくないと、首を振る。あまりにも激しいものだから、風にあおられて帽子が飛ばされ、夜明けのような明るい髪が広がった。
瞬間、プレール侯爵夫人に隙が生まれる。
――ビィイイイイイイ!
呼子笛の音が響く。
それは先ほど、アーネストがオレリアに手渡したもの。何かあったら、これを思いっきり吹くようにと伝えたのだ。
「お……オレリア様。何をしているのですか!」
いくらアーネストであっても、女性に剣を向けることはしない。体当たりでプレール侯爵夫人をオレリアから引き離し、オレリアを腕に抱く。
アーネストに飛ばされたプレール侯爵夫人を、側にいた男が支えたが、その彼からはもう敵意を感じられず、死んだ魚のような濁った目をしていた。
呼子笛の音を聞いた兵たちが集まってくる。ある兵は走って、ある兵は白壁を乗り越えて。
「連れていけ」
平服であったとしても、彼らはアーネストをアーネストとわかったようで、その言葉に従い、倒れていた男たちを捕らえる。プレール侯爵夫人も連れていかれた。
アーネストは駆けつけた兵に指示を出したものの、彼自身はこの場にとどまった。
残されたのはオレリアとアーネスト、そしてここで争いが起こったと思わせる血だまりの跡。
「アーネストさま……」
オレリアの声は、ひどく掠れていた。叫んだわけでもないのに声が出なかった。
「なんだ」
普段と変わらぬアーネストの声であるが、少しだけ震えているようにも聞こえた。
「アーネストさまが、お父さまとお兄さまを?」
「ああ。処刑した。俺があいつらの首を落とした。その首を一か月間、城門に晒した。トラゴスの王がかわったことを、国民に示さなければならないからな」
アーネストは、風で飛ばされたオレリアの帽子をゆっくりと拾い上げた。それを彼女にかぶせようとして躊躇する。
オレリアの唇は小刻みに震えていた。
「俺を恨んでいい。俺の顔を見たくないというのならそれでもかまわない。お前が離縁を望むのなら、そうする覚悟もできている」
アーネストはオレリアに帽子をかぶせてから離れようとするが、彼女はひしっと彼の上着の裾を掴む。
「アーネストさまが、わたしに手紙を書いてくださらなかったのは……トラゴス国が原因ですか?」
身体を大きく震わせてから、アーネストは立ち止まる。
「お前と結婚式を挙げたその日。トラゴス国がハバリーに向かって兵を挙げたという情報が入った」
あの日、ガイロの街へ行かねばならないと告げたアーネストだが、その理由をはっきりとオレリアには伝えていなかった。
「お前を嫁がせておきながら、兵を挙げる。普通であれば考えられないことだ」
だから、普通ではないのだ。トラゴスという国は。




