15.初デート(4)
ただ街の中を歩いているだけなのに、アーネストが隣にいるだけで特別な出来事のように思える。他にもたくさんの人々が、街を行き交っているのだが、ここだけが夢の世界のようにも見えるのだ。
「二十歳の誕生日プレゼントを送っていなかったな」
きょろきょろと周囲を見回しながら歩いていたオレリアは、アーネストのその言葉で彼の顔を見上げた。
「プレゼントですか? 今までアーネストさまが買ってくださったものは、全部、受け取りましたよ」
あのとき、彼に突きつけた黒曜石の首飾りは、今は、オレリアの胸元を飾っている。
「だが、あれは九歳から十九歳までの誕生日プレゼントだ。十一個しかなかっただろ?」
九歳の誕生日プレゼントは、黒と赤がまだら模様になっているリボンだった。十歳の誕生日プレゼントは、小さなうさぎのぬいぐるみで、十一歳の誕生日プレゼントは手巾。十二歳になれば髪飾りで、十三歳は腕輪、十四歳は耳飾り、十五歳はショール、十六歳はエプロンドレス、十七歳が首飾りで、十八歳でナイトドレス、十九歳で下着だった。
それらをすべて一度にもらったオレリアだが、今は首飾りを身に付けている。恐ろしいことに、ドレス類はサイズがぴったりであった。それを問い詰めたら「ダスティンに聞いた」とのことで、そんなふうに気にかけてくれた事実にまた胸が熱くなった。ちなみに、十六歳で身体の著しい成長が止まったオレリアは、そこから服のサイズがかわっていない。かわったのは胸とお尻の大きさくらいで、下着だけは毎年新調していたが、それでも一年前に買ったと思われる下着のサイズは、今のオレリアにもぴったりだったので、ちょっとだけ驚いた。
「指輪を贈りたいのだが」
結婚の指輪はサイズが合わなくなって、鎖に通し首からかけていた。だから、男から言い寄られたときにはそれを見せたのだが、やはり効果は薄かった。むしろ、ないに等しく、結局あのようなことになったのである。
「嬉しいです」
「そうか」
穏やかな声で呟いたアーネストの手は、あたたかい。ふと、今になって気がついた。彼はずっと、歩調をオレリアに合わせている。足も長くて歩幅も違うのに、オレリアがいつものペースで歩いていたのは、アーネストが合わせてくれているから。
また一つ、アーネストのいいところを知ってしまった。
ふわっとやわらかな風が吹き、オレリアの帽子を持ち上げた。
「あっ」
帽子が浮いたところを、すぐにアーネストが捕らえたが、オレリアの髪は無造作に広がる。慌てて髪を押さえて、アーネストから帽子を預かった。
「この場所は、土地柄のせいかときどき強い風が吹くんだ」
ガイロの街全体が風が強いのではなく、今歩いている大通りだけとのこと。建物の並びもよくないらしいが、その風がさまざまな偶然を運んでくるため、妖精のいたずらとも呼ばれている。
今のように帽子を飛ばされた者と帽子を拾った者、飛ばされないようにとしっかりと手を握りしめる恋人同士、妖精のいたずらの洗礼を浴びた二人は、末永く幸せに暮らすとも言い伝えられている。
「素敵なお話ですね」
アーネストから「妖精のいたずら」の話を聞いたオレリアも、満面の笑みを浮かべた。
大通りにはさまざまな店が並んでいる。どうやら彼は、オレリアの誕生日プレゼントをこの通りの店でそろえていたらしい。そのたびに、今のような格好で街を歩いていた。だから、慣れているのだ。
「ここだ……」
大通りに通した入り口は、ステンドグラスが眩しく輝いている。扉を押し開けると、カランコロンとベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
黒いドレス姿の店員が、にこやかな笑顔で出迎えてくれた。
「今日は、何をお探しでしょうか」
慣れた口調で、声をかけてくる。
「妻に指輪を」
妻と呼ばれたことで、オレリアはかっと頬が熱くなった。結婚してからというもの、夫婦らしい生活は営んでいない。それでも彼は、オレリアを妻として認めてくれている。
目頭が熱くなり、下を向く。
「おい。どうした?」
困ったようなアーネストの声が上から注がれてきたが、今、顔をあげたら涙がこぼれてしまう。
「かわいらしい奥様ですね」
どうやら店員は、オレリアの気持ちをくみ取ったらしい。
「では、こちらでゆっくり選びましょう」
「はい……」
下を向いたまま、オレリアは返事をした。