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2.突然の縁談(1)

 トラゴス大国の象徴とも呼べる白亜の王城は、今日も朝日を浴びて神々しく輝いている。その王城から離れた場所に、ぽつんと建つみすぼらしい建物は、庭仕事の物置小屋として使われている場所でもある。

 しかし、その小屋の二階。ぎしぎしと音を立てる木製の粗末な寝台で、一人の少女が静かに眠っていた。


 夜明けを思わせるような明るい曙色の髪をゆるく三つ編みにし、子どもらしいふくよかな頬にかかる短い髪の毛が、寝息と共にふわふわと揺れ動く。どんな夢を見ているのか、ぷっくりとしている唇はもごもごとしているものの、それは乾燥してひび割れていた。


「おはようございます、オレリア様」


 オレリアを起こしにやってきたのは、侍女のメーラだ。彼女はオレリアの乳母だった女性の娘である。


 オレリアが三歳のときにオレリアの母親が亡くなり、それを機にこんな質素な小屋においやられてしまったが、そんな彼女の身を案じて一緒についてきてくれたのがメーラなのだ。だからオレリアにとっては唯一といってもいいほどの、心を許せる人物でもあった。


 瞼がぴくぴくと動き、海のような碧眼の大きな目がぱっちりと開かれる。


「おはよう、メーラ……うっ」


 身体を起こしたところで、オレリアは痛みを堪えるような声をあげた。


「オレリア様?」

「だ、大丈夫。なんでもない」


 顔をしかめて答えてみたものの、なんでもないような状態ではないとメーラが察したようだ。


「背中が痛むのですか?」


 大丈夫と言いたいのと、気づいてほしいという思いが絡まり合って、何も答えられない。

 すぐにメーラが寝間着の背中側をめくると、顔をしかめた。


「こんなに、ひどいことを……」


 メーラも悔しそうに唇を噛みしめる。


「オレリア様。すぐに気がつかずに申し訳ありません」


 ぶんぶんと首を左右に振ると、その勢いによって目尻にたまった涙が溢れそうになった。その涙が痛みからくるものなのか、メーラの優しさからくるものなのか、わからない。


 喉の奥がツンと痛くなる。


「お薬を塗りましょうね」


 メーラは一度部屋を出て、どこからか軟膏の入った瓶を持ってきた。それを背の傷のある場所に、たっぷりと塗られる。

 オレリアの背にできた傷は、鞭によって打たれたもの。そしてオレリアを鞭で叩くのは、教育係のプレール侯爵夫人。


「オレリア様、お労しや……」


 悲しみが滲みでる声色で、メーラは呟く。


「わたしの覚えが悪いから……」


 だからプレール夫人は、鞭でたたくのだ。彼女はいつも「こんな簡単な問題も解けないのですか!」「ミレイア様は、オレリア様と同じ年で、五ヶ国語は話しておりましたよ」「作法がなっておりません」と、オレリアを咎めるような言い方をして、鞭をしならせる。


 いつもであれば、それも二、三発で終わり、皮膚に腫れが走る程度であるのに、昨日はプレール侯爵夫人の虫の居所が悪かったのか、皮膚がすり切れるまでたたかれた。


「ミレイアお姉様は、私と同じ年で、五カ国語もお話になられたそうよ?」


 背に薬を塗る、メーラの手がほんの少しだけ止まった。だが、すぐに動きは再開される。


「オレリア様はまだ八歳です。できないもののほうが多くて当たり前です」

「ううん。それでは駄目なのですって。わたしは、この国の……だから……」


 こんな小屋に押し込められても、身分はかわらない。


 プレール侯爵夫人が口うるさく言っている。身分に応じた振る舞いを、と。


「そうです。本来であれば、オレリア様はこのような場所にいるお方ではないのです」


 外を見つめるメーラの視線の先にあるのは、朝日によって輝く王城である。


「メーラ……」

「さあさあ、オレリア様。お食事にしましょう」


 幸いにも食材は届けてもらえる。それに、小屋の裏に小さな畑を耕して、芋類を育てていた。たまに悪天候などで食材が届かない日もあるが、そのようなときは、蓄えていた芋をふかして食べる。この芋が意外と美味しい。


 朝食を終えると、オレリアは外に出て畑や花壇の世話をする。


 それから王城の付属棟にある一室で授業を受ける。付属棟に行くために迎えなんてはこない。オレリアはメーラに付き添われて付属棟へと向かうが、メーラは中に入れない。


 そこでオレリアはプレール侯爵夫人からみっちりと教育を受けるのだ。

 日が大きく傾き、影が長くなるような時間になってから解放される。小屋に戻るときはメーラが迎えにくるときもあるが、他の仕事が忙しく手が離せないときは、オレリアは一人で帰る。


 王城の敷地内であるしオレリアを襲うような者もいないだろう、というのが関係者の考えらしい。いや、オレリアであれば襲われてもいいと思っているにちがいない。


 昨日はじくじくと背中が痛んでいるなか、一人で帰ってきたからメーラに気づかれなかった。



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