15.初デート(1)
アーネストと初デートの約束を取り付けたオレリアは、その日が来るのを指折り数えていた。
結婚前も、結婚した後も、アーネストと二人きりで出かけたことはない。
その日は、いつもより早く目が覚めた。アーネストと二人で暮らすようになって十日が経ったけれども、残念ながら今でも二人は別の部屋で寝ている。
エプロンドレスに着替えてキッチンへと向かうと、いつもより少しだけひんやりとした空気が出迎えてくれた。昨夜のうちに丸めていたパン生地を、オーブンの中へと入れる。普段と同じ作業をしているのに、時間が違うというだけで心が躍る気持ちになるのが不思議だった。
「……早いな」
キッチンの入り口の扉を開け、壁に寄りかかるような仕草でアーネストがこちらを見ていた。
「おはようございます、アーネストさま」
「おはよう。今日は、いつもより早いのではないか?」
「だって。今日はアーネストさまと初めてのデートの日ですもの」
「そうか。俺は少し、身体を動かしてくる」
アーネストと共に暮らすようになって知ったことの一つが、彼は毎朝、朝食の前に庭で身体を動かすのが日課であるということ。アーネストのように軍の上の役職についてしまうと、身体を動かすよりも事務的な仕事が多くなるらしい。ひどいときは、一日中、執務室にこもりっぱなしの日もあるとか。だから、自主的に身体を鍛えている。こんな休みの日くらい、ゆっくりすればいいのにとオレリアは思うのだが、毎日の積み重ねらしい。
そういった真面目なところを知って、より好ましく思う。
キッチンにはパンの焼ける香ばしいにおいが漂ってきた。それから豆と鶏肉のスープと野菜サラダを作る。パンが焼けたら、粗熱を取って、ソースにつけたソーセージと野菜を挟む。
「美味そうだな」
いつの間にか、汗を流したアーネストが後ろに立っていた。襟足が少しだけ濡れており、肩にかけたタオルにしずくが滴る。微かな石けんの香りが、表現しがたい色気を放つ。
ドキリと胸が高鳴った。いつもと違うアーネストの姿を目にするたびに、オレリアの心臓はうるさくなる。
「アーネストさま。髪がまだ濡れておりますよ。これでは、風邪をひいてしまいます」
タオルを奪い取って、濡れている髪をやさしく拭う。
「なるほど。髪を濡らしたままでいれば、オレリアがこうやって世話を焼いてくれるんだな」
鼻先がくっつくくらいに顔を近づけられ、今度は心臓がドキドキと速くなる。
「あ……アーネストさま。ミルコ族は自分のことは自分でするが基本ですよね」
手にしていたタオルをアーネストの頭にぽふっとかけたオレリアに、アーネストは笑いかける。
「自分のことは自分でやるが、家族のことを家族で助けるのもミルコ族だ」
頭をオレリアに寄せて、拭いてくれと言っているかのようにも見えた。
「わたし、ご飯の準備がありますから。アーネストさまも、身体を動かしてお腹が空きましたよね」
「残念。逃げられたな」
アーネストは髪を拭いてから、席についた。オレリアはせっせとテーブルの上に朝食を並べる。
「オレリア、今日はどこを見てみたい?」
アーネストはソーセージを挟んだパンを、手づかみで豪快に食べる。
「どこ、と言われましても、よくわかりません。実は、働いていた食堂と三区の家くらいしか行き来をしていなくて」
「一人で暮らしていたとき、お前の食事はどうしていたんだ?」
「あ、はい。食堂ですからまかないがありましたし。それ以外でも、必要な食材は食堂から分けてもらえたので」
こちらに移ってからは、敷地内に商人が必要な物を定期的に売りにくるため、やはり街の中を出歩く必要がない。あまり街の中を一人で出歩かないようにと、ダスティンからも言われていたので、それはそれで助かっているのだが。
「今日は、アーネストさまと一緒だから、どこでも行けますね」
オレリアの言葉にアーネストは戸惑いつつも「そうだな」と言った。
朝食を終え、片付けをしてから、オレリアは着替える。せっかくのアーネストとのお出かけである。少しでもかわいい姿を見せたいというのが女心。だけど、ガイロの街を歩いているときは、アーネストがアーネストと知られるのはよくないらしい。つまり、お忍びと呼ばれるような、そのような形で出かけたいとのことだった。
やはり、軍人としてのアーネストは、ガイロの街でも有名人なのだろう。