14.新生活(6)
――コンコンコンコン、コンコンコンコン……
しつこく扉を叩く音で我に返ったアーネストは、名残惜しいながらも彼女の唇を解き放つ。
「そっちに座っていろ」
長椅子に彼女を座らせてから扉を開けた。
「閣下。おやつの時間です」
「呼んでない」
「え? そろそろ仲直りしたかなって、ね? 奥様」
ジョアンである。彼はアーネストの肩越しに、部屋の真ん中で背筋を伸ばして座っているオレリアを見た。
「奥様。喉が渇きましたよね。ね、ね、ね?」
「それだけ預かる」
アーネストはジョアンからティーワゴンだけを預かって、また彼を部屋の外に追いやった。
『閣下~』
扉越しにジョアンの情けない声が聞こえてきたが、無視をする。しばらくすると、向こう側も静かになったから、あきらめて戻っていったのだろう。
アーネストがお茶を淹れようとすると、オレリアが慌てて手を出してきた。自分がやるとでも言いたげのようだが、それを制した。
「いいから、座ってろ」
そわそわと落ち着かない様子で、オレリアは言われるがまま座っている。
「俺だって、お茶くらい淹れられる」
その言葉で、彼女が微笑んだように見えた。
彼女の前にお茶とお菓子を並べると、彼女の隣に座った。
ジョアンが用意したお菓子はクッキーである。これなら、仕事の合間にもつまめるとアーネストが言っていたのを覚えているのだ。こういうところは気が利く男であるが、いかんせん、アーネストをいじって楽しんでいる傾向もある。
「ジョアンが、よくここの菓子店の菓子を準備してくれるんだ。だがな、あいつ。俺の分よりも自分のほうを多く用意するんだ。そしてそれを福利厚生費として費用処理する。抜け目がないというか、なんというか」
クッキーを一つつまむと、それをオレリアの口の前に差し出す。
「ほれ、食べてみろ」
長いまつげを揺らしながら、彼女は黙って口を開ける。
「美味いだろ?」
彼女がパクりと咥えたのを見届けてから指を離し、その手についたクッキーの粉をペロリとなめる。
すると彼女もおもむろにクッキーを手にして、アーネストの口の前へと運んだ。
「はい、アーネストさまも」
同じようにアーネストも、大きな口を開けてクッキーを食べるが、つい、オレリアの指まで食べてしまう。
「あ」
クッキーを食べるように見せかけて、細い指を舐める。
「アーネストさま、それはクッキーではありません」
ちゅ、ちゅ、と音を立てながら指を舐めれば、オレリアの頬が次第に膨らんでいく。これは怒っている。そんな彼女もかわいらしいのだが、喧嘩はしたくないため指を解放した。
「もぅ」
唇まで尖らせているので、軽く口づけると、今度は彼女の目が点になる。
「どうかしたのか? そんな顔をして」
パチパチと長いまつげを瞬いた。
「ど、どうもしません」
彼女は慌てた様子でお茶を飲む。一口飲んだところで「あ」と小さく声をあげる。
「このお茶……ハバリー国に来たときに、初めて飲んだお茶です。あのときは、メーラが淹れてくれたのですが」
「それは、俺が好きな茶葉だな」
「そう、だったのですね」
オレリアは、お茶の香りを堪能しなつつ、嬉しそうに笑った。先ほどから、怒ってみたり驚いてみたり喜んでみたりと、彼女は忙しい。だから余計に、目が離せない。
「……オレリア」
名前を呼んだだけなのに、頬を上気させる。
「二人で、どこかに出かけてみるか?」
「え?」
「と言っても、遠くまではいけないから、ガイロの街を案内するくらいになると思うが」
「いえ! 嬉しいです。アーネストさまとのデートですね。初デートです」
オレリアがぎゅっと抱きついてきた。十二年前は感情を押し殺すのが得意であった彼女は、今では表情をころころと変える素直な女性へと成長したようだ。
「今まで一緒にいられなかった分、これからはできるだけ一緒に時間を過ごしたい」
アーネストの言葉に、オレリアは少しだけ恥ずかしそうに「はい」と頷いた。
「それから……今まで渡せなかったプレゼントも、よかったら受け取ってもらえるか?」
オレリアはアーネストにひしっと抱きつき、顔を彼の胸元に埋めたまま、コクコクと首を縦に振った。