14.新生活(2)
「アーネストさま?」
「なんだ」
「わたし。アーネストさまと結婚できて、幸せです。アーネストさまのこと、大好きです」
ごほっといきなりアーネストが咽せた。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ」
アーネストはグラスに注がれている葡萄酒を、一気にあおった。
「あまり、そういうことを口にするものではない」
「そういうことって、どういうことですか?」
「俺のことを好きだとか、幸せだとか。そういうことだ」
「だって、本当のことなんですもの。アーネストさまと離れていた十二年間、気持ちを伝えられなかったから。今、伝えているんです」
オレリアが食い入るようにアーネストを見ると、彼はぷいっと顔を背けてから食事を再開させる。
間違いなくアーネストは照れている。マルガレットの情報通りだ。
恥ずかしがれば、彼が今の言葉を受け入れた証拠である。アーネストは、気持ちを真っ直ぐにぶつけられるのに慣れていない。だから、オレリアが作った料理も「美味しい」とは言ってくれない。リリーが作った料理には言ってくれたのに。
オレリアはほんのりと口元をほころばせてから、スープに口をつけた。
「……悪かったな」
食事を終えて、アーネストがぼそりと呟く。彼はそうやって謝罪するのが癖になってしまったのだろうか。何かあるたびに「すまなかった」「悪かった」と言う。
「アーネストさま。気にしすぎです……片づけますね」
夕食が終わってオレリアが後片づけをしている間に、アーネストが浴室の準備をする。手足の裾をまくって浴室に向かうのを見るのが、なんとなく好きだった。
片づけなども終われば、二人だけののんびりとした時間。かと思っていたのに、アーネストは持って帰ってきた資料を広げ始めた。
彼が今、力を入れているのがガイロの夜間警備についてであるのだが、そのテーマが広がって、街全体の警備にまで波及したらしい。
オレリアが夜遅くに暴漢に襲われかけたのは事実で、それを助けてくれたのがアーネストであった。あれは本当に運がよかったとしか言えないし、アーネストの忠告を無視して、夜遅くまで働いていたのも原因なのだが。
それもあって、警備を強化する動きになった。
ただ、ずっと裏で続いていたいざこざが落ち着いたというのもあるのだろう。人が戻ってきている、活気が出てきた、と昔からここを知っている者は口をそろえてそう言うのだ。
「ガイロの街って面白いですよね」
ホットミルクに少しだけお酒をたらしたものを、アーネストに手渡した。オレリアのものは、お酒のかわりにはちみつがいれてある。
「何がだ?」
「居住区が家族構成によってわかれているところです。一区、二区に住んでいる人は未婚の人ばかりですよね」
「ああ、そのことか。ガイロはスワン族が多く暮らしていた場所だからな。その名残があるんだ」
独身の者を同じ地区に集めることで、結婚相手を探しやすくているのだとか。
そこでアーネストは険しい顔をする。
「どうしました?」
「いや、オレリアが一区に住んでいなくてよかったなと、今になって思っただけだ」
「え? それって、どういう意味ですか?」
オレリアが尋ねてもアーネストはけして教えてくれなかった。
結婚して十二年経つというのに、まだどことなくぎこちない。再会して数日しか経っていないことを考えれば、そのぎこちなさも妥当なのだろう。
だけど、アーネストはオレリアの身体を求めようとしなかった。しかも寝室は分けてある。
せっかく二人きりで過ごしているのに、おかしな話である。
オレリアとしてはそれが不満であった。せっかく感動の再会を果たしたというのに。
こんなとき、マルガレットが側にいてくれたらなと思うのだが、残念ながら彼女は首都にいる。そう簡単に相談できない。