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14.新生活(1)

 食堂の仕事を辞めてしまったオレリアは、昼間は邸宅の片づけに励んでいた。一人で黙々と片づけているのだが、荷物が多くてなかなか終わらない。これがアーネストの十二年間の積み重ねなのかとも思うのだが、どうでもいい荷物も多いような気がしている。


 アーネストがいるうちに、いるもの、いらないものと振り分けてもらい、捨てるもの、売るものと分けるのはオレリアの仕事でもあった。


 そんななか、気晴らしに食事の準備もしており、苦手だった料理をシャトランに教えてもらってよかったと、心から感謝している。


 いつかはアーネストに食べてもらいたいと思い、十二年間励んでいた料理。嫁いだときには、芋の皮むきと芋を蒸かすしかできなかったが、あの食堂では副菜やスープまで担当していた。エミもオレリアの料理の腕前を褒めてくれた。


 いつもであれば食堂へ行っていたアーネストは、三食きっちりとオレリアのところに来て、オレリアが作ったご飯を食べてくれる。それが何よりも嬉しかった。

 ミルコ族は家庭で食事をとることが多いらしいが、スワン族はそうでもない。だから、誰でも利用できる大きな食堂があるという話である。


 同じ国でありながら、それぞれの民族性を生かし、けして圧力をかけないのがダスティンの国政のやり方なのだろう。その分、統一性がない国と言われることも多い。


 ガイロの街に赴任したアーネストは、ミルコ族でありながらもガイロの街の生活を受けいれていた。だけど彼が言うには、ミルコ族の典型的な家庭の風景にどこか憧れがあったらしい。幼い頃からラフォン城で族長家族と一緒に過ごしていたことも原因の一つのようだ。


 アーネストがそのような暮らしをしていた理由をデンスはそれとなく教えてくれたが、アーネストの両親には、一度も会ったことがない。マルガレットも、ダスティンと結婚してからは両親に会っていないとのこと。特に情勢が不安定なこともあり、マルガレットのほうからも、無理して会いに来る必要はないと手紙を送っていたらしい。

 マルガレットの話を聞いていた限りでは、親子関係が悪いわけでもなさそうだ。


 母親の記憶すらあやふやで、家族と家族らしい関係を築いたことのないオレリアにとっては、よくわからない話でもあり、羨ましいとすら思っていた。

 だからこそ、アーネストが家族になってくれたあの日、オレリアにとっては世界が変わった日でもあった。


「この料理……」


 夕食に、ミルコ族の伝統的な野菜料理を出したところ、目の前のアーネストの手の動きが止まった。


「どうかされました?」

「……いや。食堂で、これを食べたことがあった。あれも、お前が作ったんだな」

「そうです。いつか、アーネストさまに食べてもらいたくて。シャトランさまに教えていただきました。」


 アーネストは料理をゆっくりと咀嚼しながら、味わっている。彼の目尻に浮かぶしわが、オレリアの料理を美味しいと言っているように見えた。

 だけどアーネストははっきりと「美味しい」とは言わない。


「お前があの食堂にいるとは思ってもいなかったからな。髪の色も……染めたのか?」

「はい。マルガレットさまも、絶対にわたしとはバレないようにしたほうがいいって。そうしないとアーネストさまが逃げるだろうからって」

「あいつら……楽しんでいたんじゃないのか?」


 どうでしょう? とオレリアは呟いてみたが、もしかしてそうだったのかもしれないと、今になって思えてきた。


 あのときはアーネストから一方的に離縁届けを突きつけられて、冷静な判断もできなくなっていた。そしてガイロの街へ行ったらというマルガレットとダスティンの言葉を鵜呑みにした。

 それでもあのときの勢いがなかったら、今でもラフォン城で涙を流し続けていたかもしれない。と考えれば、マルガレットの勢いに押されてよかったのだ。


「食堂でも料理を作らせてもらって、いつかアーネストさまに食べていただけたらなって思っていたので。あの日。アーネストさまが食堂に来られて、美味しかったと言ってくださったのが、本当にうれしかったのです」


 偽りのない気持ちを言葉にすると「そうか」と言いながら、アーネストは手を動かす。だけど、その顔が少しだけ赤くなっているようにも見えた。お酒のせいかもしれないが。



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