13.あきらめない気持ち(3)
オレリアの真っ直ぐな視線にアーネストは射貫かれた。
沈黙が生まれるたびに外から聞こえてくるのは訓練兵の号令で、この場所がガイロの軍事施設であると強く意識させられる。
そんななか、隣にいる無邪気な生き物はアーネストの気持ちを刺激し、今までの決意のすべてを覆してきたのだ。
オレリアに離縁する気がないのなら、これ以上の説得を試みても無駄だろう。
そもそもここまでやってくるような行動力の持ち主なのだ。目を離したら、何をしでかすかもわからない。だったら、側において監視しつつ、守ったほうがいいのではないだろうか。
突き離そうとしても離れない場合、ということを想定していなかった。
十二年間もかけて、嫌われようとしていたのに、その作戦は失敗に終わった。
それによって今後どうしたらいいかを考えているのだが。
やはり、彼女と夫婦関係を続けるしかないだろう。むしろ、アーネストも心のどこかではそれを望んでいた。
守れないから突き放す。だけど、失いたくない。理性と気持ちがぐちゃぐちゃに絡みあっている。
一目その姿を目にしたときから、手放したくないとさえ思っている。
だから、会いたくなかったのだ。彼女と会うことで、自分の心境に変化が出るのが怖かった。アーネストの立場上、彼女を危険に晒してしまうことも。
ここまできて突き放すこともできない。突き放せないなら、側において守るだけ。
そう心を決めると、すっと気持ちが軽くなった。
「……わかった」
低く唸るようにして同意した。すると彼女は、ぱっと花を咲かせたような笑顔になる。
「よかったです。十二年前は、わたしもまだ子どもで、アーネストさまの隣に立つには相応しくないと思っていたのですが。今なら、大丈夫ですよね?」
目をきらきらと輝かせて、無垢な赤ん坊のように寄り添ってくる。十二年前よりも幼く感じるのはなぜだろう。
「そうだな。思っていたよりも美しくなって、驚いている」
それはもう、直視できないほどに。だけど、どこか見え隠れする幼さが、アーネストの心を刺激するのだ。
「アーネストさまも、以前よりも格好良くなっていて、ドキドキします」
そのように褒められるのも、アーネストにとしては慣れていない。心がむず痒くなる。
「……オレリア。すまなかった」
自然と謝罪の言葉が口から漏れ出た。何に対する謝罪なのかすらわからないくらい、心当たりはたくさんあるし、こんなたった一言で許されるとも思っていない。
だけど彼女は首を傾げる。まるで、心当たりなどないというかのように。
「どうして謝るのですか? 謝るのはわたしのほうです。アーネストさまとの思い出が欲しくて、偽りの名を遣ってアーネストさまに抱かれました」
そうさせてしまったのもアーネストの責任である。そこまで彼女を追い詰めてしまったのだ。胸が軋み、おもわずオレリアを抱きしめた。
「アーネストさま。苦しいです」
「す、すまない」
彼女は相変わらず細くて、軽い。それでも自分とは異なるやわらかさが女性であると意識させるのだ。
「あ、陛下からのお手紙を預かってきたのです」
わざわざオレリアに渡すところが、ダスティンのあざといところだろう。いつものように伝令なりなんなりを使えばいいものを。
もう少し彼女の体温を感じていたいところだったが、渋々と熱を解放した。
オレリアは小さな鞄から手紙を取り出し、アーネストへと手渡す。
「お前は、この手紙の内容を知っているのか?」
「いいえ、陛下からアーネストさま宛ての手紙ですから……安心したら、喉が渇きました」
彼女の目尻には、少しだけ涙がにじんでいた。だけどそれに気づかぬふりをして、ダスティンからの手紙を開ける。
隣ではオレリアがお茶を飲みながら、お菓子に手を伸ばす。アーネスト一人ではここまで頭がまわらなかったから、やはりジョアンに感謝すべきところだろうか。
オレリアの気配を探りつつも、ダスティンからの手紙に視線を走らせる。内容を確認していると「どんな内容ですか」と彼女がのぞき込んできた。
「建国十五周年記念式典の件だ」
こんな大事な内容をオレリアに託したというのは、オレリアと出席しろと遠回しに言っているのだ。つまり、アーネストがオレリアと会うことから逃げていたら、この手紙は永遠に届かなかった。
そうなった場合、十五周年記念式典の存在そのものを、アーネストに教える気はなかったということだ。
いや、ダスティンはそうならないとわかっていたのだろう。




