13.あきらめない気持ち(1)
オレリアが目を覚ましたときにはすでにアーネストの姿はなく、置き手紙が一枚あっただけ。
彼からもらった二通目の手紙。いや、一通目は離縁の申し出であったため、あれは手紙に数えない。つまり、これはアーネストから届いた初めての手紙である。
内容はオレリアではなく、リリーの身体を気遣うものと、あまり遅い時間まで食堂で働かないようにと、そういった文面であった。当たり障りのない文章であっても、アーネストの気持ちが伝わってきて、その手紙を抱きかかえてうふふと笑った。
あの後、体液で汚れた身体をきれいにして、二人は抱き合って眠った。あれほど怖い思いをしたのに、アーネストの体温に包まれるとすんなりと眠りに落ちた。
そして目が覚めると、彼の姿はなかった。
夢だったのでは、と思ったけれども、彼が書き残した手紙が昨夜の出来事が現実であると突きつけた。
喜び舞い上がっている場合ではない。アーネストはオレリアと本気で別れるつもりである。
それを何がなんでも阻止しなければならない。
もともとあの食堂で働くのは、一か月が限度だとダスティンが言っていた。長くなればなるほど、リリーがオレリアであると気づかれる可能性がある、と。それはアーネストだけでなく他の者にも。ダスティンが危惧していたのは、他の者に気づかれることだった。だから期限は一か月。
その一か月もあと少しという昨日、仕事の帰りに変な男につきまとわれた。アーネストがいなかったら、どうなっていたかわからない。思い出しただけでも、背筋がゾクリとする。
寝台から降りるとズキリと下腹部が痛んだが、その寝台の下に何かが落ちているのに気づき、それを手にする。
勲章であった。
アーネストが上着を乱暴に脱ぎ捨てたときに、その衝撃で落ちたのだろう。
まずは食堂へと足を向けて、今後についてエミに相談する。もともと一か月の約束であったから、その期間内は食堂での仕事をしっかりこなしたいことを伝えた。それから、昨夜、いつも食堂に来る男に追いかけられた内容を口にしたところ、エミはオレリアを夜の担当から外した。仕事の内容も給仕から外して、料理や盛り付け、洗い物など、裏方の仕事に割り振った。
だからあれ以降、オレリアはアーネストに会っていない。表に立っていないのだから、仕方のないこと。
そしてきっちりと約束の期間、食堂の仕事をやり終えてから、アーネストに突撃すると決めた。
オレリアはガイロの街に来てからというもの、マルガレットやシャトランと手紙のやりとりをして、アーネストの姿を確認できたことは報告しいていた。
マルガレットの返事は過激で「押し倒せ」とも書いてあったが、あれを押し倒したかと問われると微妙なところである。
とにかくアーネストの気持ちはよくわからないけれど、オレリア自身の気持ちは彼に伝えるつもりだった。
伝えなければ絶対に後悔する。嫌われていたとしても、自分の気持ちだけは――
黒く染めていた髪を元に戻し、明るいドレスを着てアーネストの執務室へと突撃した。
そして、リリーとオレリアが同一人物であると伝えたのだが、アーネストは項垂れて今、隣に座っている。
「あの……アーネストさま?」
先ほどからアーネストはうんうんと唸って、オレリアを見ようとしない。
「怒って、おりますか? その……突然、このように押しかけてしまって……」
「奥様。閣下は怒っているわけではありませんよ。照れているんです」
オレリアとアーネストの前に、さっとお茶を出したジョアンがにこにこと微笑んでいる。
「なんでお前がここにいる。それが一番、意味不明だ」
アーネストは顔もあげずに、ジョアンを威嚇した。
「意味不明って……僕は、久しぶりに再会したお二人に、お茶とお菓子を用意しただけですよ」
「用意が終わったら、さっさと出ていけ。そうでなければ、馬に蹴られるぞ」
「はいはい。僕はさっさと部屋を出ていきますよ。お二人の仲を引き裂きたいわけではありませんからね。奥様、ごゆっくりどうぞ」
「ありがとう、ジョアンさん」
背を向けたジョアンにオレリアが声をかけると、「あれ? 名前……」と首を傾げてから部屋を出ていった。