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10.気になる女性(3)

 オレリアからの返事はまだ届かない。手紙を送ってから、一か月以上も経っている。ダスティンに探りを入れても、探りにならない。やはり、首都まで行くべきか。だけど、オレリアには会いたくなかった。


「……閣下、閣下」

「なんだ?」

「どうしました? ぼんやりして……最近、ひどいですよ? もしかして、平和ボケ? とうとうボケた?」


 平和ボケと言われればそうなのかもしれない。だが、まだまだ油断はできない。


「お前……最近、調子にのってないか?」


 腹の底から響くほどの低い声とともに睨みつけると、ジョアンはぽっと表情を明るくする。


「それ、それですよ。それ。やっぱり、閣下はそうでなくちゃ」


 ジョアンは嬉しそうにパンにかじりついた。


 実際、食堂で食事を取るようになってからは、鬱々とした気分が薄れていった。オレリアのことはもちろん気になりつつも、ここは相手の出方を待つべきと、腹をくくった。ただ、婚姻状態にある間は、オレリアは新しい相手と結ばれることはない。それだけが気がかりである。


「リリーさんといえば、僕、見ちゃったんですよね」


 なぜかアーネストは、ドキリとした。もしかして彼女を送ったあの日、ジョアンに見られたのだろうか。あの気配はジョアンのものだったのか。


 いや、何も悪いことはしていない。あんな夜遅い時間帯に、女性を一人歩かせるほうが危険なのだ。だからそれを見守っただけ。


「リリーさんが、客の一人? に口説かれてました。食堂の裏? 野菜くずか何かを捨てようとしていたのかな。そこに一人の男がやってきて、リリーさんを壁にドンって」


 それは口説いているのか、脅しているのか。判断が難しい状況である。


「それを見て、お前はどうしたんだ?」


 彼女に好意を抱いているジョアンが、どのような行動を取ったのか気になった。むしろ、そういう現場を目撃した場合、どういった行動をするのが正しいのか、参考にしようという思惑もある。


「いやぁ、ほら。人の恋路を邪魔すると馬に蹴られるじゃないですか。ってことで、こそっと隠れて様子を見ていたんですよ。だって、壁にドンですよ? 恋人同士でもないのに。端から見たら、襲っているように見えるじゃないですか。僕だって軍に所属する身ですからね。リリーさんに何かあったら、助けなければと思って。こそっと」


 助けなければならないのに、こそっと見ているというのはどうなのか。ジョアンの考えることはよくわからないが、これが最近の若者たちの考えなのだろうか。


「まあ、そうしたら女将さんが裏口から出てきて、リリーさんを呼んでくれて。それで事なきを得たって感じですかね」


 ジョアンが「女将さん」と呼んでいるのは、この食堂で長く働いている女性、エミのことだ。ふくよかな体格で、年はアーネストよりも上だろう。


 ただ、そんな真っ昼間から男性に絡まれているようでは、やはり夜道の一人歩きなど褒められたものではない。


「ジョアン。夜間の見回りの強化が必要だな」

「え? どうしたんですか? 急に」

「急にではない。いろいろと落ち着いて、人々も外に出るようになっただろう?」

「そうですね。以前よりは、活気が出てきましたよね。浮かれてる人も多いというか」

「そういった浮かれているときが、いろいろと問題が起こりやすい。昼間は他の人の目があるから自重する者も、人の目がなくなった途端、気が大きくなる」


 なるほど、と言いながら、ジョアンは最後のパンを口の中に放り込んだ。考えもかみ砕くかのようにして、もぐもぐとパンを咀嚼する。ごくりと喉元を上下させてから口を開く。


「まあ、夜間の犯罪なんて、昔からあるあるでしたし。そうですね、見回りを強化して事前に防げるのであれば、それに越したことはないですよね。いやぁ、てっきり。リリーさんに惚れたのかと思いましたよ。彼女を守るためにそんなことを言い出したのかなって」

「んなこと、あるか!」

「ですよね。閣下にかぎってそんなことありませんよね。かわいい若奥様がいらっしゃることですし。って、僕はお会いしたことありませんけどね」


 リリーの件はきっかけにすぎない。だけど彼女が気になるのは、オレリアに重なる部分があるからだろうか。なんとなく、危なっかしくて目が離せない。それなのに、自分だけは大丈夫だと思っている警戒心のなさ。だからつい、守りたくなる。


 顔をあげると、客の対応をしているリリーの姿が目に入った。無邪気に微笑み、何かを話している。あいかわらず黒い髪は三つ編みにしていて地味ではあるものの、食堂で働く姿としては清潔感がある。






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