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1.不本意な縁談(1)

 ハバリー国は、十以上の部族からなる新しい国である。

 各部族間でもいざこざがよく起こっていたが、トラゴス大国に搾取されぬようにと、彼らは手を結んだ。


 国の代表――国王には、古城ラフォンを所有するミルコ族の族長が就いた。ハバリー国民の半数がミルコ族であることを考えれば、妥当なところだろう。


 古城ラフォンを中心に扇形に広がる首都サランは、もともとはミルコ族の大きな集落である。今ではそこにミルコ族以外の部族の者も集まり、にぎやかな街を作っている。多民族が集まっているためか、比較的自由であるのも、サランの特徴ともいえよう。

 太陽が昇り始める朝、サランの街は黒から煉瓦色へと染め変わる。煉瓦屋根の煙突からは、次第に煙がもくもくとあがってきて、パンを焼く香ばしいにおいが立ちこめる。


 ハバリー国が建国されて二年。


 人々もハバリー国民としての生活に慣れ、ダスティンも国王としてやっと勝手がわかってきた頃、彼は一通の親書に悩んでいた。


「アーネスト、これ、どう思う?」


 国王の執務室。採光用の天窓から降り注ぐ太陽の光は室内を明るく照らし、葡萄酒色の絨毯に趣を与える。

 古城といえば古くさいイメージがあるが、建物自体に年季はあるものの内装は手入れが行き届いている。むしろ、先人の知恵による快適な空間でもあるのだ。


 ダスティンは二十四歳という若さでハバリー国の国王に就いた。ミルコ族に多く見られる黒髪を、垂れ下がった犬の尻尾のように一つにまとめている。


 ミルコ族の族長はダスティンの父親であったが、ハバリー国建国時に族長の座から降りて、ダスティンにその地位を譲った。今となっては、ダスティンの父親も立派な隠居爺である。


「唐突だな」


 ダスティンとテーブルを挟んだ向かい側に座っているのが、アーネストである。年はダスティンよりも二つ上。青鈍の髪は短く刈り上げられ、額も耳も首元もしっかりと日に焼けているのが見てわかる。

 族長にかわいがられたアーネストは闘神とも呼ばれ、ハバリー国の建国に一役買った。だから今では、ダスティンの右腕として非常に頼りにされているのだ。


「トラゴスからの手紙だ」


 まるで開けたら爆発でもするかのように、ダスティンは親書を疑っている。


「とりあえず、開けてみたらどうだ? 封蝋は本物なのだろう?」


 アーネストは鉄紺の眼を細くして尋ねた。


「ああ、確認してもらった。間違いなく本物だ。残念ながら、間違いなくトラゴスから届いたものだ。偽物だったらどれほどよかったか」

「お前が開けないのなら、俺が開けるが?」


 その言葉を待ってましたといわんばかりに、ダスティンはテーブルの上に置いた手紙を、アーネストのほうにつつっと滑らせた。


 手紙を受け取ったアーネストは、刃をつぶしたナイフを上着の内側から取り出して、封を開ける。


「ボン! って爆発したらどうしようかと思ったのだよ」


 ダスティンはアーネストにとって弟のようなものだ。いや、義弟である。

 だから彼も、アーネストを兄のように慕ってくるのだが、いかんせん慕い方がちょっとおかしい。


「お前が先に読んだほうがいいだろう」


 封を開けた手紙を、今度はアーネストがつつっとテーブルの上を滑らせた。


「面倒くさいな」


 その気持ちもわかる。なにしろ送り主がトラゴス大国なのだから。

 折りたたまれた手紙をゆっくりと開ける様子にはじれったさを感じたが、それだけダスティンは読みたくないのだろう。


 文字を追う深緑の眼には、すでに後悔の色が浮かんでいた。


「やはり……読むんじゃなかった」


 そう言ったダスティンは、読み終えた手紙をテーブルの上に乱暴に投げ捨てる。


「俺が読んでもいいのか?」

「ああ」


 ダスティンは荒々しく返事をしたが、むしろ「読んで欲しい」と行っているようにも聞こえた。


 手紙を手にしたアーネストは、一字一句、違わぬように読み進める。

 最後まで読み終えたとき、アーネストも後悔した。これは、読まなかったことにしておきたい案件である。


「どうしたらいい?」

「どうしたらいいも何も。受けるしかないだろう?」

「だが私は、すでに結婚している」


 ダスティンはアーネストの妹であるマルガレットと、二年前に結婚した。

 ハバリー国の国王に就いたのと、ほぼ同時期である。戴冠式は、そのまま結婚式になった。


「だから、そこに書いてあるだろう? 側妃にと」


 トラゴス大国は、ハバリー国に王女を嫁がせたいと言ってきたのだ。ただ、さすがにダスティンに妃がいるのを知っていたようで、王女を側妃にと打診してきた。


「なんなんだよ、この嫁の押し売りは。だがハバリー国は、一夫多妻を認めていない。それは、国王の私だって同じだ」


 国王というのは名ばかりで、この国の代表のような存在だからだ。


「だったら、それを理由に断ればいいだろう」


 淡々と言葉を放つアーネストであるが、彼だってこの話を断ったときの危険性を知っている。


「今、トラゴス大国が攻めてきたら、勝算は?」


 断るというのは、すなわちそういうこと。


「五分五分だな。ガイロの街がアレだからな。あそこの動き次第では負ける」

「うぅ~ん」


 腕を組んで、ダスティンは唸るしかできない。


「こういうときこそ、族長に相談か?」


 アーネストは藁にもすがる思いで、そう言った。その藁が族長と呼んでいる男――ダスティンの父親になる。だけど、この藁にはすがってはならないという気持ちもあった。


 とにかく、嫌な予感がする。だけど、ダスティンがこの話を受け入れられない以上、族長に相談するのが妥当である。



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