表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/64

10.気になる女性(1)

 アーネストは久しぶりに食堂で食事をしたが、懐かしい味がした。


 あれはミルコ族の伝統的な野菜料理である。それをガイロの食堂で味わえるとは予想外だった。

 それだけ、部族間の壁がなくなってきたのだろう。喜ばしいことだ。


「閣下。やっとまともにご飯を食べるようになりましたね。僕が誘った甲斐があったというものですよ」


 相変わらずジョアンは調子がよい。


 だけど、ジョアンに誘われてからというもの、アーネストは食堂へ足を向けるようになった。

 オレリアのことは気になりつつも、返事がこないのだから進展はない。ダスティンに探りをいれてみたが、完全に無視をされている。先に、ダスティンに根回ししておくべきだったと、後悔した。


 しかしダスティンも、オレリアのこと以外は事細かに教えてくれる。首都の様子はもちろんのこと、王子のこととか王女のこととか、ただの子ども自慢になっているともいう。

 それでもオレリアについてだけは、まったく回答がない。彼女からも連絡がない。


 結婚したというのに、手紙も贈り物も届かなかったら、誰だって愛想を尽かすにちがいない。だからすぐに離縁に応じると思っていたのだ。


(これでは、オレリアの次の相手が決まらないのでは?)


 一夫多妻が認められていなければ、一妻多夫も認められていない。オレリアはアーネストと別れない限り、次の相手と結ばれることはないのだ。

 だから今、アーネストがオレリアを縛り付けている形になる。


「おまたせしました」


 女性の軽やかな声で顔をあげると、リリーが食事を運んできたところだった。


「こんな遅くまで、ここで働いているのか?」


 不意にアーネストの口から、そんな言葉が漏れた。

 この食堂は、一日中開いている。早朝でも真夜中でも。それは交代で任務につく兵のためでもある。

 そしてアーネストが遅い夕食のために訪れた時間帯は、子どもはすっかりと寝入っている時間であった。


「まだ、日が替わるまでには二時間ほどありますから」


 目を細くしてにっこりと微笑む姿に、アーネストの気持ちがなぜか高まった。


「だが、外は暗いし人通りもない。いつもこんな時間まで働いているのか?」

「いえ、今日はちょっと頼まれたので。次の担当の方がちょっと遅れるみたいで。その方が来たら帰ります」

「そうか」

「ごゆっくりどうぞ」


 彼女と話をするのは何度目かわからない。

 客と給仕、いつもはそれ以上の会話にはならない。しかし今は、こんな時間に食堂で働いている彼女が気になった。


 夜は男性が多く働いているし、女性であってももっと年配者が多い。やはり、若い女性がこんな夜遅くに一人でというのは、いろいろと不安な点がある。


 ガイロでは、まだこういった防犯の面に注力できていないのも理由の一つだ。やっとトラゴス国とスワン族のごたごたが片づいたところだから。


 ほくほくと白い湯気が立ち上るスープを一口飲むと、身体がじんわりとあたたかくなる。身体だけではなく、心も満たされる。このスープはどこか懐かしい味がする。

 いっとき、食事をするのも億劫になり、何を食べても味がせず、砂を噛んでいるような感じがしたときがあった。


 だけど今は違う。たった一口のスープなのに、具材のうま味が溶け込んでいて、スープ全体の味がしっかりと伝わってくる。


(美味いな……)


 今日のご飯は、やさしい味がする。

 ゆっくりと食事を堪能してから、席を立つ。会計に向かうと、その先にはリリーがいた。


「まだいたのか?」


 けして咎めるつもりはないのだが、つい口調が厳しくなってしまうのは、いつもの癖である。


「これが終わったら帰ります。次の人が来てくれたので」

「そうか」


 アーネストが紙幣を出すと、彼女はおつりを渡してきた。


「ありがとうございます」

「今日も美味しかった。特に、あのスープが」


 普段であれば、アーネストはこのようなことを言葉にしない。だけど、あのスープだけは懐かしくてほっこりしていて、胸がいっぱいになるような味だった。


「本当ですか? あのスープはわたしが作ったんです。よかったです」


 花がほころぶような笑顔を見せられ、アーネストの胸がぐずりと疼いた。


「リリー。あとはもう大丈夫だから。早く帰れよ」


 奥から男性の声が聞こえてきて、彼女は「はーい」と返事をする。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ