9.夫との再会(2)
オレリアと別れたかったら、もっと早く別れを切り出したはず。
それを今になってというのが、わからなかった。
となれば、まだチャンスはある。十二年間、待ち続けた女の根性を舐めないでもらいたい。
だけどそこに、他の女性がいる場合は別である。そうなったときは、潔く引き下がろう。そして、修道院にでもいこう。
「あとは、あれだね。リリーが閣下と二人きりになる機会があって、きちんとお話できればいいんだけどね」
エミの言うとおり。
オレリアは今、食堂で働く娘、リリーとしてここにいる。そのような女性が、いきなりアーネストの執務室に乗り込んだらおかしいだろう。だからって、オレリアとして会いに行けば、アーネストは逃げる。
「まぁ。今日、食堂に来てくれたってことは、これからは定期的に足を運んでくれるだろうよ。焦らずに少しずつ進めるしかないね」
「はい」
焦ってはならない。
オレリアは自分にそう言い聞かせる。
「ごちそうさま」
ジョアンの声が聞こえ、オレリアは慌てて会計へと向かう。
「リリーさん。今日は、夜もいますか?」
支払いをしているのはアーネストである。
「あ、はい。私は、今日は昼と夜を担当していますから。あ……おつりです」
オレリアはアーネストの手のひらの上に、小銭を落とした。瞬間、ちょっとだけ指先が触れた。
「あっ……」
ほんの指先だったのに、そこから伝わるアーネストの熱が懐かしいと感じる。
「す、すみません……」
涙がこぼれそうになって、顔をそらした。
「いや」
アーネストの低くて落ち着いた声が、オレリアの涙を誘う。
「閣下。そんなにリリーさんを睨まないでください。怖がってるじゃないですか。ただでさえ、顔が怖いって言われているのに」
「あ……そんなこと、ありません」
オレリアはアーネストの顔が怖いと思ったことなどない。今だって、ただ懐かしいと思っただけ。
「美味かった……」
アーネストはそれだけぼそりと呟くと、ジョアンの腕を引っ張って立ち去っていく。
「痛い、痛い、閣下、痛いです。暴力反対」
「いいから、お前は黙ってろ!」
オレリアは彼らの背中が扉の向こうに消えるまで、ずっと見ていた。
――美味かった。
その一言がオレリアの心を舞い上がらせた。もしかしたら、他の料理を褒めたのかもしれないけれど。
オレリアが片づけのために彼らが使ったテーブルへと向かうと、二人分の食器は空っぽになっていた。きれいに食べてくれたようだ。つまり、オレリアの料理も食べた。
「はいはい、泣くんじゃないよ」
エミも片づけにやってきて、オレリアの頭をぽんぽんとなでる。
「はい……」
オレリアがガイロの街へやってきたのは、十日ほど前。
ダスティンの動きは早かった。すぐさまガイロの食堂で働いているエミに連絡をいれ、オレリアの状況を伝えた。
エミは、最近、食堂でアーネストの姿を見ていないことに気づき、そこでピンとくるものがあったらしい。物事にも動じず、肉体的にも精神的にもしっかりとしているエミだから、何かを察したのだろう。むしろ、オレリアを応援したくなったようだ。いや、オレリアとアーネストの仲を。
オレリアは食堂の仕事にはすぐに慣れた。というのも、いつかはアーネストに食べてもらいたいという思いもあって、シャトランからしっかりと料理を学んでいたからだ。そんな健気なオレリアを、エミはすっかりと気に入った。
さらにエミは、十二年前のガイロがどんな様子であったのかも教えてくれた。それが、アーネストがガイロに滞在するようになった理由なのだ。
オレリアがハバリー国に来たときにも、ガイロの街で休んだのを覚えている。休んだ場所は、軍が拠点としている建物で、そこに今、アーネストがいる。
オレリアが足を運んだときには、ガイロの街もそれほどピリピリしていなかったし、オレリアに危険が差し迫るといった様子もなかった。
それなのに、二人が結婚式を挙げた日を境にして、状況がかわった。
トラゴス国がガイロの街へ向かって兵を挙げたらしい。
あのとき、アーネストは間違いなくその話を聞いたのだ。だからすぐにガイロへと向かった。
それ以降も、トラゴス国はガイロを狙い、スワン族の一部と接触していたようだが、それでも数ヶ月前に落ち着いたのは、ダスティンも言っていたようにトラゴス国の国王がかわったためである。
だけど今の国王は、オレリアの兄ではない。