7.届いた手紙(1)
オレリアが呆然と長椅子に座っていると、ぷんすこと怒っているマルガレットが戻ってきた。
「オレリア。今、あの人の部屋でみんなが集まっているの。歩ける?」
「は、はい……」
まだ、頭の中がふわふわとしていた。先ほどの手紙の一文を忘れられない。
――離縁してください。
どうして? なぜ?
その気持ちがオレリアの心をがんじがらめに捕らえている。
胸の奥が痛くて、ドクドクと手足の先まで血流が跳ねた。
「……リア、オレリア、オレリア!」
マルガレットから名を呼ばれて、顔をあげた。
「オレリア、大丈夫か?」
穏やかな男性の声は、ダスティンのものだ。
いつの間にか、ダスティンの執務室へとやってきたらしい。葡萄酒色の絨毯が印象に残る部屋だから、間違いない。
「はい……っ……」
口を開けた瞬間、目頭が熱くなり、涙が勝手に溢れてきた。
「まあ、まあ、オレリア……」
そう言って背中をさすり始めたのはシャトランである。オレリアは、マルガレットとシャトランの間に座っていたが、いつ座ったのかという記憶もない。
目の前には、ダスティンとデンスが難しい顔をして座っており、先ほどの手紙はデンスがわなわなと握りしめている。
「すまない。まさか、アーネストがこのような暴挙に出るとは思っていなかった……」
眉間に深い皺を寄せてデンスは苦しげに言うが、眉間意外にも皺が目立つ。
「な、なぜでしょう……。どうして、アーネスト、さまは……今になって……」
離縁したいのであれば、さっさと言い出してくれればよかったのだ。
「どうして……それは私も知りたい。アーネストは、定期的にガイロの街の報告を私に送ってきていたが……たまに、オレリアの様子を知りたがるような文章もしたためてあった」
「ですが。アーネストさまは、わたしにはひとつも手紙を……」
思い出しただけで喉の奥がツンと痛む。
「今、ガイロの街は、どうなっているのですか?」
アーネストは、ガイロの街は危険だからオレリアをつれていくことはできないと言った。
あれから十二年が経っている。街の状況だって、かわっているだろう。
「ガイロの街は、以前よりはだいぶよくなっている。一時期、スワン族はトラゴス大国に寝返るのではないかと言われていた。だけど、やっとここにきて、その心配はなくなった」
懐かしい母国の名を聞いて、オレリアは顔色をさっと青くした。
ガイロの街、スワン族、トラゴス大国。そしてオレリア。
「どうして、その心配がなくなったのですか?」
だけどオレリアはその理由を知っている。ダスティンやデンスは必死になって隠したがっていたようだが、なんとなく人伝に聞こえてくるのだ。それに、いつも通訳としてオレリアを連れ出していた外交や社交の場から、遠ざけようとし始めたのも知っている。名目は、王子や王女たちの家庭教師となったから、だったような気がするが、おそらくオレリアの耳に他からの情報を入れたくなかったのだ。
「トラゴス大国の頭が……替わったからな……」
つまり、国王が替わった。
なんとなくそんな気はしていたが、オレリアには正式な知らせはなかった。ハバリー国に嫁いだ娘には興味がないのか、それとももう、オレリアという存在は忘れ去られたのか。
「……まあ、この話はおいておいてだ」
こうやってダスティンが無理矢理に話を切り替えるのは、オレリアには聞かせられないと判断したためだろう。ダスティンの気持ちを無視してまで、その話を聞きたいとは思わない。
十二年前のあの日。ハバリー国に嫁いだことで、トラゴス国とは縁が切れたと思っている。
結婚式にもこない、それ以降の連絡がない。今となっては、それでよかったのだ。
「アーネストとオレリアのことだ。アーネストは、もうしばらくガイロの街にいる。私が命じたからな」
「わたしとの離縁は、陛下が命じたことではないのですか?」
「な、な、な、な。何を馬鹿なことを言っている。アーネストがオレリアと離縁を考えていただなんて、私も知らなかった。むしろ、戻ってきたら特別に長い休暇をやるから、新婚旅行にでもいってこいと、先日の報告書の返事に書いた」
ダスティンのこの慌てようを見ていれば、その言葉は真実なのだろう。
結婚してから十二年後の新婚旅行だなんて、聞いたことがない。想像しただけで顔がにやけるようなとても嬉しい話だというのに。




