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6.夫不在の新婚生活(2)

 アーネストと結婚して一年が経った。オレリアは九歳になった。この一年間、オレリアはハバリー国の国民としての振舞い方を学んだ。

 特にミルコ族は、アーネストが言っていたように、自分のことは自分でやるというのが基本精神である。


 それから、もう一つ。ミルコ族の伝統を教えてもらった。それは王妃となったマルガレットも例外ではなく、国王のダスティンもそれに則っている。


『オレリア。ミルコ族では、特別な日に愛する人のために手料理を振る舞うのです』


 それを教えてくれたのはシャトランであった。


 ラフォン城ではたくさんの人が働いているため、料理を用意する料理人がいる。

 だけど、その人にとって特別な日には、特別な相手から手料理を振る舞われるとのこと。

 だからマルガレットの誕生日にはダスティンが料理を作って、ダスティンの誕生日にはマルガレットが手料理を振る舞う。


『オレリアも、アーネストのために料理を覚えましょうね』


 料理なんて、芋をふかすくらいしかやったことがない。芋を育てるのは得意だが、芋を使った料理などわからない。


 オレリアが学ぶなかで、一番たいへんだったのがこの料理である。野菜の皮をむいて、切って、焼いて。たったそれだけなのに、できあがった料理の不味いこと。食べられたものではない。だけど食材がもったいないからと、無理して食べようとしたら、料理人がささっと他の料理へと作りかえた。


 料理を覚えるのがたいへんです、とアーネストの手紙に書こうとしたが、それはやめた。料理をシャトランから習っていることを、なんとなく内緒にしておきたかったのだ。

 アーネストが戻ってきたときに、美味しい手料理を振る舞って驚かせたいと、そんな思惑もあったのかもしれない。


 シャトランから料理を教えてもらうかわりに、オレリアは挨拶などの作法をシャトランやマルガレットに教えることになった。


 きっかけはマルガレットの一言だろう。


『オレリアのナイフの使い方はきれいね。私は苦手で……。近くにイグラ国の使者がやってくるから晩餐会があるのだけれど。それに、言葉も……たまに、何を言っているのかがわからなくて……憂鬱だわ……』


 ダスティンが冗談めいて「だったら、オレリアに教えてもらえばいいだろう」と言ったような気がする。


 そこから、オレリアが挨拶の仕方やダンス、作法や外国語などを教えるようになったし、たまに通訳として外交の場にダスティンやマルガレットの近くに立つこともある。プレール侯爵夫人から厳しく教え込まれた内容が、今になって役に立ったのだ。厳しかったプレール侯爵夫人だが、このときばかりは感謝した。


 マルガレットたちの教師役になったこと、外交の場で通訳を務めていることを、アーネストへ手紙で伝えた。やはり、彼からの返事はこなかった。


 オレリアもわかって手紙を書いているのだ。彼からの返事はこない。だけど、手紙を書いて伝えたいという、一方的な気持ちの押しつけでもある。


 もしかして、アーネストは手紙を読んでいないかもしれない。もしかしたら、手紙が届いていないのかもしれない。


 それでもかまわなかった。アーネストに伝えたいことを文字にするだけで、彼と話をしたような気分になるからだ。


 また一年が経つと、ダスティンとマルガレットの間に女の子が生まれた。それから一年後には男の子が生まれた。


 そうやって月日は流れていき、オレリアも十八歳となり成人を迎えた。この年の大きな変化は、デンスが後見人から外れたことだろう。

 それでもオレリアは、アーネストには毎月のように手紙を書き、近況を知らせていた。


 ダスティンとマルガレットの子どもたちの教育係として、礼儀作法や外国語を教えることになったとか。デンスの誕生日にシャトランと一緒に料理を振る舞ったら、泣くほど喜んでくれたとか。メーラがラフォン城で働いていた料理人と結婚をしたとか。

 それでもアーネストからの返事は届かなかった。


 それからもう一つ。オレリアが成人を迎えてから聞こえるようになったのは、オレリアの再婚の話である。しかしオレリアはアーネストとの婚姻関係を解消していない。そういった話がオレリアの耳に届いたときには、デンスやシャトランが一喝していたが、それでも噂というのはさまざまな人を介して届いてくるもの。


 そういった話が聞こえてきた不安を、アーネストの手紙にしたためた。


 だけどもちろん、返事はこなかった。


 そしてオレリアがラフォン城にやってきてから十二年が経ち、オレリアも二十歳となった。


 二十歳の誕生日を五日過ぎたときに、アーネストから初めての手紙が届いたのだ。

 マルガレットも見守る中、気持ちを高まらせたまま手紙を開けると、そこには疑いたくなる言葉が書かれていた。


 ――離縁してください。


 ご丁寧に離縁届の書類まで同封されていて、アーネストの名はしっかりと直筆で書かれていた。


「はぁ? 兄さんたら、何を考えているの? ちょっと待ってなさい、オレリア。今、ダスティンとお義父様たちを呼んでくるから」


 アーネストから届いた手紙と書類を手にしたマルガレットは、目をつり上げながら部屋を出ていった。ドタドタと乱暴に立ち去っていく足音が、扉越しに聞こえてきた。

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