5.気まずい結婚式(2)
そうやって周囲を観察しながら、オレリアは皿の上に並べられた料理をゆっくりと食べていたが、アーネストが「そろそろ」と声をかけてきた。
「俺たちは先にここを出るんだ。あとは放っておいていい。勝手に食べて飲んで、朝まで騒ぐだけだ」
新婚の二人が先に席を立つのは、これから二人で迎える初めての夜のためだと、昨日、マルガレットが教えてくれた。初めて顔を合わせてから、結婚式の準備を手伝ってくれたのも彼女だった。今年、二十歳になった彼女は、ダスティンとは二年前に結婚したらしい。王妃であるのに率先して動くのは、やはりミルコ族の血筋なのだろう。
「では、俺たちは先に失礼する」
「ひゃっ……」
急にアーネストがオレリアを抱き上げたものだから、小さく悲鳴をあげてしまった。それをニヤニヤとしながら見守っている者もいる。
「仲がよくてうらやましいですな」
「見た目だけは十分にかわいらしい花嫁だ」
食堂を出る二人の背に、そのような声が届いてきたが、アーネストはそれを無視して食堂を出た。
薄暗い回廊を、オレリアは彼に抱かれたまま移動する。自分で歩けると口にしたが、アーネストは彼女を下ろす気はないようだ。
「……閣下」
慌てた様子の兵が一人、駆け寄ってきた。彼は何かをアーネストの耳元で伝えたが、それはオレリアには聞こえなかった。
「そうか……わかった。すぐに対処する。お前たちは持ち場に戻れ」
「はい。祝いの場であるのに、このようなこと……申し訳ありません」
そう言った兵は、はっとした様子で祝いの言葉を口にする。
「閣下。このたびはご結婚、おめでとうございます」
「……ありがとう」
オレリアの心には、わけのわからないもやっとした気持ちが生まれた。多分、今の話はよくない話。そんな気がした。
抱かれたまま、離れの部屋へと入った。いつもであればメーラがいるのに、今日にかぎって彼女がいない。オレリアは、そっと長椅子の上に下ろされた。
「今日は、疲れただろう?」
アーネストは、そうやって常に気遣ってくれる。
「そうですね。とても緊張しました。わたしは、アーネストさまの花嫁として相応しい立ち居振る舞いができましたでしょうか?」
いつもプレール侯爵夫人から言われていた。
トラゴス国の王女として相応しい立ち居振る舞いを――
そう言われていただけで、王女のような暮らしができたわけではない。まして、オレリアがその暮らしを望んでいたわけでもない。
「アーネストさま。何かありましたか?」
「何か、とは?」
「いえ、先ほどの兵が……」
何をアーネストに告げたのかを気になっていた。
「聡い子だな……おそらく、俺は明日。ガイロの街に発つことになる」
「ガイロですか?」
国境の街、ガイロ。オレリアも通ってきた街である。
「ガイロはスワン族が中心となっている街だが、国境ということもあってなかなか複雑な場所なんだ」
オレリアにもわかるように、言葉を選んで話しているのだろう。
「そこで、ちょっとした問題が起こった。俺が行く必要があると判断した」
「では、わたしも?」
結婚したのであれば、彼についていくべきだろう。しかし、明日、出立とは準備に時間がかけられない。オレリアが荷物の整理をしようと慌てて立ち上がろうとしたところを、アーネストの手が止めた。
「オレリア。悪いがお前をつれていくことはできない。今も言ったように、ガイロは難しい場所だ。お前を連れていくと、お前を危険に巻き込んでしまう」
トクンと心臓が大きく音を立てた。その次に何を言われるのか、それがオレリアにとって望まぬ答えであることも瞬時に察した。
「お前はここに残れ。族長に後見人を頼んである」
「アーネストさま……」
「お前の身柄は保障されるから、安心しろ」
そうではない。身柄の保障なんて望んでいない。ただ、アーネストと共にいたかった。
だけど、それを言葉にするにはまだ幼すぎるのもわかっている。
その日は、式の疲れを取るかのように、ふたりはぐっすりと眠った。
次の日の朝、アーネストは部下を引き連れてガイロの街へと向かった。
「次にアーネストさまとお会いする日には、立派な淑女として振る舞えるよう、努力いたします」
「楽しみにしている」
アーネストの大きな手が、オレリアの曙色の髪をやさしくなでた。