5.気まずい結婚式(1)
オレリアがハバリー国にやってきて七日目。
ラフォン城の隣にある礼拝堂で挙げられた二人の結婚式に立ち会ったのは、ハバリー国の関係者のみ。もちろん、トラゴス国の人間は誰もいない。
――ハバリー国も舐められたものだ。
――子どもじゃないか。
――まるでままごとだな。
そういった声も聞こえてきたし、そう言われるだろうとオレリアもわかっていた。
アーネストと並んで歩いても、彼の胸元にも及ばない身長。どこからどう見ても子ども。
誓いの口づけは、アーネストがかがんでオレリアの額に唇を落としてくれた。どうしてアーネストがここまでよくしてくれるのか、オレリアにはわからない。
だけどこれで彼とは家族になった。その事実がオレリアの心に光を灯した。
結婚式が終わって食事会が開かれる。もちろんその中心となるのはアーネストとオレリアである。
「緊張したか?」
食堂へと向かう途中、アーネストがオレリアを気遣って声をかけてきた。
アーネストは、相変わらず軍服姿であるが、今日だけはその色が白だった。これがミルコ族の正装のようだ。派手な装飾もない、動きやすそうな軍服であるが、色がかわっただけでも雰囲気ががらりとかわる。
「……はい。今も、緊張しております。粗相をしてしまわないか……」
「気にする必要はない。知っての通り、ハバリー国にはたくさんの部族が集まっている。今日、招待したのも各部族の族長たちだ。彼らは、自分たちの伝統に従って食事をするから、相手の作法がどうのこうのとは言わない」
まるでオレリアの心を読んだかのような言葉に、気持ちが軽くなった。
プレール侯爵夫人からは「作法がなっていない」と幾度となく怒鳴られ、打たれた。その恐怖が心のどこかに巣くっているのだ。
「そのドレスも、よく似合っている。俺はそういったことに疎いが、あまり見たことのないデザインだな」
メーラがサイズを合わせてくれた純白のウェディングドレスは、スカート部分のレースが細やかな花柄になっている。胸元にも絹糸で花柄の刺繍が施され、光の当たり方で輝きがかわる。ドレスのいたるところに花の模様が描かれているのは、シーニー国が花の国と呼ばれているためで、母国を忘れないようにという意味が込められているからだ。
それを教えてくれたのはもちろんメーラである。
「これは、母が結婚式で着たドレスです。母はシーニー国からトラゴス国に嫁ぎました。トラゴス国の……側妃として嫁いできたのです」
「だが、この国は一夫多妻を認めていない。俺の妻はお前だけだ。それを覚えておけ」
乱暴にそう言ったアーネストは、オレリアの手を取った。
食堂に入ると、結婚式の間にも感じた視線がオレリアにまとわりついた。だけど、アーネストが手をつないでくれたことで、その視線に強く立ち向かえる。
この結婚を疎ましく思っている者がいる。それは覆すことのできない事実。事実であれば、それと堂々と向き合えばいい。
教えてくれたのは、もちろんアーネストである。
ドレスのまま食事をするのも、オレリアにとっては気が引き締まる思いだった。さらに、ナイフとフォークを使わず、手づかみで食べる料理も多い。そういった食べ物は逆に苦手である。
スープを少しずつ口元に運ぶオレリアに気づいたアーネストは、大きな骨付きの肉塊から、食べやすいようにと肉だけをそぎ落とした。それをさらに細かく切って、オレリアの皿に取り分けてくれる。
驚いて彼を見上げると「これは、ミルコ族の祝いの席で出される伝統的な料理だ」と言う。
ギトギトとした油で覆われているような肉であるが、食べてみると見た目と違って意外とさっぱりしていた。もう一口、もう一口とフォークを運んでいるうちに、皿の上の肉はなくなっている。
視線を感じてアーネストに顔を向けると、彼は慌てたように顔を逸らし、ダスティンに向かって声をかけていた。
「アーネスト殿」
広い食堂でも、通るような張りのある声。
「お相手がそのような子どもでは、世継ぎの問題があるのでは?」
オレリアは身体をピクリと震わせてから、口元へ運ぼうとしていたフォークを途中で止めた。
「世継ぎの問題? それは、私に言っているのか?」
答えたのはアーネストではなかった。
「悪いが、私はまだまだマルガレットと二人だけの生活を楽しみたいのでな。期待に答えられず申し訳ない。あと、五年くらいは待っていてほしい」
ははっと笑ったダスティンは、隣のマルガレットの耳元で何かをささやく。すると彼女は、ひしっと身体を硬くして顔を真っ赤に染め上げた。
「私が知る限りでは、ゴラン族の族長が十三歳の女性を後妻として娶ったという話もあったはずだが?」
ダスティンは、先ほど「世継ぎの問題」と口にした男を厳しく見つめる。
「確かそのときの族長は、四十過ぎていたのでは? あぁ、それはお前の祖母の話か」
ダスティンがくつくつと笑えば、マルガレットが静かに叱責する。
「失礼した。祝いの場で話すことではなかったな。私もアーネストがやっと結婚をしてくれたから、少し浮かれすぎたようだ」
グラスに注がれた葡萄酒を、ダスティンは口に含む。
そんなやりとりを、オレリアは身体を小さくしながら眺めていた。
少なくともダスティンはオレリアの味方である。いや、アーネストの味方なのだ。そして他の部族は、この結婚を認めたくないようだ。