3.初顔合わせ(3)
オレリアは晩餐用のドレスに着替えた。夜空のような濃紺のドレスで落ち着いた色合いだが、袖やスカートにはフリルがたっぷりと使われていて、胸元には大きなリボンが飾り付けてある。大人と子どもの狭間のような雰囲気を醸し出していた。
コンコンコンと遠慮がちに扉が叩かれた後、部屋に入ってきたのはアーネストだった。やはり彼は、先ほどと同様、軍服姿である。
「オレリア王女殿下。迎えにきた……」
そう言ったアーネストは、オレリアの全身にじっくりと視線を這わせてから、目を細くする。
「思うのだが……あまり、子どもらしくないな……八歳と言っていたな?」
「え?」
「いや……ミルコ族の子どもは、もっとこう……騒がしい」
「それは、オレリア様がトラゴス国の王女だからです。いかなるときも王女としての振る舞いをと、幼い頃から教育されておりますから……」
はっとしたメーラは口元を押さえた。
「出過ぎた真似を……申し訳ございません」
「いや、いい。ここはトラゴス国ではなくハバリー国だ。知っての通り、ハバリー国は多部族が集まってできた国。そちらの国のような複雑な人間関係を気にする必要はない。メーラ殿も思うことがあるならば、遠慮せず俺に言うがいい。もちろん、オレリア王女殿下もだ」
「……でしたら、オレリアと。そう呼んでくださいませんか? まだ正式に結婚する前ですが、王女殿下と呼ばれるのは好きではありません」
オレリアがはっきりとした口調で言うと、「承知した」とアーネストが明るく答える。
「だったら、俺のこともアーネストと呼べ。俺も閣下と呼ばれるのは好きではない」
アーネストは、オレリアの手をぐっと握りしめた。
「では、食堂に案内する」
「オレリア様をよろしくお願いします」
「ああ。メーラ殿には、部屋に食事を運ばせる」
オレリアはアーネストに手を引かれて、食堂へと向かう。すれ違う者たちが、興味深そうにオレリアに視線を向けてくる。だけどアーネストが、その視線からオレリアを隠すかのようにしながら隣に立つ。
「オレリアはこの結婚をどう思っている?」
「どう、と言うのは?」
「知っての通り、俺はオレリアよりも二十歳も年上だ」
「はい」
「オレリアが望むならば、この結婚をなかったことにしてもいい」
ズキリと胸が痛んだ。やはり、オレリアではアーネストの相手として相応しくないのだ。
「それがアーネストさまの……いえ、このハバリー国の望みですか?」
「……いや。俺たちはこの結婚を断れない。断ればどうなるか、わかっているからな。だが花嫁として差し出されたのが、オレリアのように幼い娘であれば、話は別だ」
彼は苦しそうに言った。歩調が少しだけ遅くなる。
「わたしでは、アーネストさまの花嫁に相応しくないと?」
「……ちがう」
彼がオレリアのことを慮っているのはひしひしと感じ取れた。だけど、この結婚が駄目になったところで、オレリアに戻る場所などない。まして、行く場所もない。
「わたしは、トラゴスの王女としてハバリー国に嫁ぐのです。その意味を、アーネストさまもおわかりかと」
「……すまなかった。今のお前に聞く話ではなかったな。だが、きっと今から同じことを問われる」
「はい……覚悟はできております。きっと陛下も、ミレイアお姉様がここに来られると思っていたのでしょうね」
オレリアは自嘲気味に笑う。