プロローグ(1)
大きな窓から差し込む陽光が、薔薇色の絨毯を明るく照らす。窓が少しだけ開けられており、室内に流れ込んでくる風が心地よい。
パサリパサリと紙をさばく音が響くなか、「あ」と声をあげたのは、マルガレットである。彼女がこのような声をあげるのは、珍しい。
「マルガレットさま、どうかされましたか?」
オレリアも自然とそう尋ねていた。
「この手紙は、オレリア宛てよ? しかも兄さんから」
「えっ?」
マルガレットの兄アーネストは、オレリアの夫でもある。だからマルガレットはオレリアの義妹になるのだが、年は彼女のほうが一回りも上であった。
そのアーネストは、オレリアたちが暮らしている首都サランから、馬車で五日ほどの距離にある国境の街ガイロにいる。
二人の結婚式を挙げた次の日、彼はオレリアを首都において、ガイロの町へと向かった。
「アーネストさまから?」
オレリアは信じられないとでも言うかのように、首を左右に振る。
結婚後、離れて暮らすようになってから、彼より手紙が届いたのはこれが初めてである。彼女は毎月のように手紙を書いていたのに、今まで一度も返事はこなかった。
誕生日がこようと、結婚記念日がこようと、贈り物すら届かなかった。
だからといってオレリアは何かの贈り物が欲しいわけではない。ただアーネストが元気であれば、それでいい。
遠い場所にいるのだから仕方ない。仕事も慌ただしいのだろう。
そう思いつつも、手紙の一通も書けないほど忙しいのだろうかと、心の片隅では考えていた。
だけどアーネストは、定期的にガイロの街の様子を報告してくる。その相手はもちろん、この国――ハバリー国の国王ダスティン。
ハバリー国はダスティンとアーネストが中心となって建国された新しい国である。
王となったダスティンが首都を中心に国をまとめ、アーネストは国境を守っていた。さまざまな民族が集まった多民族国家であるため、国内の統治が行き届いているとはまだまだ言いがたい。
だからアーネストは、オレリアをガイロの街へ連れていくのは危険であると言い、彼女をダスティンとマルガレットに預けて、部下と共にガイロの街に滞在しているのだ。
アーネストは、ガイロを拠点とし国内のあらゆる場所へと足を向けているようだが、いつ、どこへ、何をしに行っているのか。オレリアにはさっぱりとわからなかった。それゆえ、いつ、彼が首都に戻ってくるのかも。
「オレリアも二十歳になったから、兄さんからのお祝いの言葉ではないのかしら?」
ハバリー国では十八歳で成人とみなされる。だけど年齢の十の位が一つ上がるのは、特別感があふれる年齢でもある。
「そうだといいのですが……」
呟いたオレリアであるが、彼女もそうであってほしいと願っていた。
アーネストが誕生日と年齢を覚えていた事実だけで、胸が張り裂けそうなほどの喜びに包まれる。
「オレリアが二十歳になったのであれば、兄さんも四十ね」
ふふっと、マルガレットはいたずらっこのように笑った。やはり、年齢の十の位が一つ上がるのは、別格のようだ。
「はやいものね。オレリアがここに来て、もう十二年も経つのね」
マルガレットの言うように、オレリアがトラゴス大国からハバリー国に嫁いで、十二年になる。
当時はまるでままごとのようだとか、トラゴス大国に騙されているとか、そういった心ない言葉を口にされたオレリアとアーネストの結婚であったが、彼女も今ではすっかりと成熟した女性になった。