76. 止まない悪夢 Bパート
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「……」
僕は深い眠りに堕ちてる凛華姉さんの手を握る……。
ずっとこうして30分くらいは経っただろうか、彼女は苦しそうな表情をするが一向に唸り声を上げない。
きっと、声が上げられないんだ……。
手を握っている間に側で少しおじさんとおばさんが会話した言葉や、廊下でおじさんが誰かと話したり電話したりする言葉を聞いていて分かった。
凛華姉さんは……山の封印を刀で切り裂いて無理矢理に解除したらしい……。
なんでそんな事を……。
そして邪神の女神様が凛華姉さんに憑りついたという事だ。
女神様は凛華姉さんの身体を乗っ取ろうとしているらしい、魂の調和が完了し乗っとられるまでの
タイムリミットは後3時間程……でもこれは理性を無くしかけている女神様の言葉だから信じられない。
僕はさっきまでお気楽に構えていた自分をぶん殴りたくなった。
何がお尻を叩かれているだ……次は僕の番だ?
ふざけるな! 凛華姉さんはこんなに苦しんでいたのに!
僕は自分の顔を殴る、一発、二発、三発……。
「やめなさい!」「だめよ!」
おじさんとおばさんに止められてしまう……。
そうだ……彼女が精神世界で苦しんでいる状況なら……あれで……なんとかできるか……?
早く、ここを出て試さないと……。
「皆気が動転しているんだ、莉々菜もひどい顔色だ煌河くんと洗ってきなさい」
「そうね……」
「僕は……トイレ……」
「あぁ、一旦休んで落ち着いてくると良い……」
丁度いい、この隙に……。
「姉さん、ちょっとだけ待ってて……」――――――
――――――
怨嗟、憎悪、苦渋、負の念の満ちた暗闇の世界で1人の少女が彷徨い歩く。
冷たくて寒い、そこに存在するだけで体の芯から世界が凍えていくのを感じる様な、負の念に満ちた空間。
そんな場所で、少女は懸命に出口を探す。
「はぁ……はぁ……」
(怖い、寒い……疲れた……)
聞こえてくるのは、恨み言や妬み。
感じるのは憎しみや悪意。
見えるのはどす黒い邪気。
そんな誰にも頼れない空間でただ一つ、何故か自分の手に感じる温もりだけが彼女を突き動かしていた。
(誰かが、父上、母上……こーちゃんが……手を握ってくれている……)
一歩一歩、進む度に挫けそうになる、倒れそうになる。
しかし彼女は歩みを止めなかった。
「ええ加減、観念したらええのにねぇ、なんでそないな頑張るん?」
「私は……約束したんだ……」
少女は過去に幼馴染の少年と約束していた。
今より数年ほど前の会話を思い出し、自分の心を奮い立たせる。
『一緒にいる男女は結婚するんだって』
『そうか、では私から組手で一本でも取れたら結婚してやろう。 なんなら約束でもするか?』
『僕じゃ勝てないって思ってるな!』
『ははは、当たり前だろう』
そしてついこの前、少女は少年から生まれて初めて一本取られてしまった。
油断していたとはいえ自分の吐いた言葉を飲み込むのは彼女の矜持が許さず、少女はその事について最近頭を悩ませていた。
元々、結婚なんて毛頭するつもりもなかったからだ。
しかし今の彼女にはその約束だけが、満身創痍の中で縋れる唯一のものだった。
悪意や憎しみに満ちたこの空間で、帰る理由が無ければ彼女は足を止めてしまいそうなほどに心が衰弱していた。
(それに……まだ、手を握ってくれている……)
「誰も待ってへんよ、帰ったって、今も誰も助けに来てくれへんやん」
……彼女は懸命に歩き続ける、見えない出口を求め、時折聞こえる誘惑に抗いながら。
しかし身体の感覚もなくなってきた。
もうやめようか、このまま暗闇に溶けて、消えられたら楽になるだろうか。
彼女は、自分の手から温もりが消えていくのを感じる。
もう誰も手を握ってくれていない。
心の奥から涙が溢れる。
結局、誰も助けに来てくれなかった……。
さようなら……。
「見つけた! 行っちゃだめだ!」
凛華が怨嗟の渦に飲まれる瞬間。
懸命な呼び声と共に、自分の手が何者かに引っ張られる。
それは、自分が何度も負かしていた、自分より弱い、幼馴染の少年の手だった。
その手から今まで感じた何よりも暖かい温もりに、彼が助けに来てくれたことに心からの安堵を得る。
そして……。
「こ、ここは……?」
「凛華!」
凍える様な悪夢から目を覚ました凛華は、父親である弥彦から強く抱きしめられる。
凛華はあの手の温もりをくれた幼馴染の姿を探す、しかしその部屋には父親の姿しか見当たらない。
「こーちゃんは……? 助けてくれたんだ」
「今はトイレさ。 まだ意識があやふやかもしれないね、ゆっくり休みなさい」
(あれは……夢だったのだろうか……?)
凛華はそう思いながら、自分の手に意識を集中させる。
(いや、あれは……夢じゃない……あの恐ろしさも、寒さも……まだ感じる、手の温もりも……)
絶望から救ってくれた幼馴染の彼を思い返すと、凛華は心の奥から暖かいものが溢れてくるものを感じた。
しかし、その思いが絶望へと反転するのにそう時間はかからなかった。
「大丈夫なのか!? ドアを開けなさい!」
「!?」
屋敷の中から誰かを心配する叫び声と、ドアを蹴破る音が聞こえてきた。
鈍い重低音が屋敷に響き、凛華と弥彦は部屋から出る。
するとそのドアの方角から悲痛な声が2人の元へ届く。
「いやぁ……!」
二人は部屋から出てその方向へ駆けた。
凛華は胸の中を嫌な予感に締め付けられる。
(そうだ……私は、助かった……確かこーちゃんは……?)
自分の手を引っ張りあげて救ってくれた男の子は……?
起きた瞬間の薄れていた朧げな意識が、鮮明な物に塗り替えられて凛華の記憶を蘇らせていく。
(……いやだ、なんで……!? そんなの嫌だ……!)
『もう大丈夫だよ、泣かないで』
彼女の脳裏には、こちらへと笑顔を向け、自分の身代わりになり憎しみの渦に飲まれる幼馴染の姿があった。
凛華が蹴破られた扉の前に行くと、そこには意識を失い倒れている彼の姿があった。
周囲には悪意に満ちたような黒い気が漂い、彼の身を包んでいた。
如月家の広い屋敷へ、少女の泣き声が響き渡る。――――――
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