34. 可憐な向日葵
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明鏡な目覚めと共に止水のような早朝の静けさに身を包まれながらも、和と洋の織り成す壮麗な屋敷の中。
プリンスの言葉が似合う爽やかな淑女がキッチンへと立ち、大事な人達を想いながら料理へと愛情を込めていた。
凛々しさの中に慎ましさを感じさせる出で立ちの彼女は、テキパキと慣れた手つきで調理を進める。
そして日本でも言わずと知れたメニュー達に少しの彩が加えられ、フランス料理風に仕上がっていく。
「うん、良い香り……!」
主なメニューは白米を主食とし、ベビーリーフとプチトマトを沿えた香ばしい風味が漂う鶏肉の照り焼きソテーに、素材の味を引き立てた野菜多めのポトフをスープ用タッパーに入れていく、これは生徒会室に電子レンジがあるのでそれを使って温める予定だ。
彼女は鼻唄を歌いながら、今日のお昼の時間を考え期待に胸を膨らませる。
自分の作った料理を嬉しそうに食べる1人の男の子の姿を想像し、彼女は胸の奥が暖かくなる。
彼は彼女にとって弟みたいなもので、初めて会った時から大事に想っている。
我ながら弟に向ける感情としては少し行き過ぎな気もするが、どちらにせよ自分のこの心に嘘偽りは存在しない。
これが兄弟への、それとも想い人への恋心なのかは彼女自身まだ良く分からない。
だけど彼の事は心から大事に想っている事だけは確かだった。
そんな事考えながら相手の笑顔を想像し、キッチンへ立つ彼女はほくそ笑む。
「少しでも笑顔になってくれるといいな……」
忙しない日々を送る彼に対して他の女の子は積極的にデート等に誘っていたが、彼女はその男の子の体調を気遣い身を引きつつも、せめて一緒にいる時間だけは近くに居たいと思い、長年会えなかった溝を埋めるように振舞っていた。
だから自分の想いとは真逆に、2人きりの時間を全く取れずにいた事が自分にとって心苦しく哀しかった。
でも今日は、ほんの僅かだけど、ずっと待っていた2人きりで過ごせる時間だから、だから遠慮は無しにして楽しもう。
疲れてる事や嫌な事を、少しでも忘れてくれたらいいな……。
彼女はそんな健気な思いを巡らせる。
時には真っ直ぐ情熱的に、時には身を引く優しさを併せ持つ、異国の血が混ざり合った学園の王子様は、生まれて初めて、唯一自分を女の子扱いしてくれた同年代の男の子を思い浮かべ、口を綻ばせた。
その微笑みは見るもの全ての心を癒すような、お姫様のようであった。
「姉御ー、良い匂いでやんすねー!」
「おはよう、味見してみるかい?」 ――――――
――――――
「はぁ……」
任務で瘴気を払うため、島のなかに織り成す人里離れた小さな山々を歩く中。
僕の後ろである最後尾からほんの微かな香蓮ちゃんの溜息が聞こえた。
さっき凛華姉さんと軽い口論になってから、少しギクシャクしてどこか気を落としていると思う。
2人が軽口を交わしつつも張り合うのはいつもの事だが、先の一件は何かいつもと違う空気を感じた。
上手く言葉にはできないけど、香蓮ちゃんにしては珍しくどこか自分を抑えて溜め込んでしまっているような。
さっき涙目になっていた気がしたけど……見間違いであることを願いつつも、僕はそれとなく香蓮ちゃんの側に近付き声を掛ける。
「元気ないね」
「そう見えたかな……はは」
香蓮ちゃんは僕へと言葉を返し、力なく軽い感じで笑う。
なんだろう、香蓮ちゃんが悲しそうにしていると僕も悲しい。
彼女はいつも爽やかで、相手の事を想いやる言動をする太陽の様な女の子だ。
そんな素敵な女の子が悲しんでいて見て見ぬフリはできない。
「あのさ……」
「……」
「あ、あの……」
いかん、元気付けようと言葉を発したものの何も思い浮かばない。
こんな時何を言うのが正解何だろう……。
僕はしどろもどりながらも頭の中で色々な事を模索し、言葉を捻りだす。
「凛華姉さんと何かあったの?」
我ながらなんと情けない事か、さっきの2人の口論を見て何かあったのかもしれないと思い至り、香蓮ちゃんの心を考えもせずいきなりストレートを打ってしまった。
今はこの程度の質問で精一杯だ、ここから話を広げていこう。
「特にそういう訳ではないけど……ふふっ」
僕をジーッと見ていた香蓮ちゃんは急に軽く笑い、先ほどとは打って変わって少しばかり爽やかな表情で僕を見る。
少しだけ元気を取り戻したのかな?
「ちょっとした焼きもち、みたいなものかな……」
「焼きもち……?」
凛華姉さんは才色兼備ではあるが、それは香蓮ちゃんも同じだ。
共に学力も優秀で頭脳明晰、優しい心を持ち人徳に溢れ、ファンクラブができるほど人を惹きつける魅力を備えた一笑千金の女の子だ。
……そんな香蓮ちゃんが姉さんに焼きもちを?
僕の疑問に対し彼女は言葉を続け応えてくれる。
「うん、凛華は君とプライベートもよく一緒に過ごしているだろう?」
「それが羨ましくてね……今日はせっかく君と楽しく過ごせると思ってたけど、浮足立って凛華に怒られてしまったよ」
「カッコ悪いところを見せちゃったね……ははは……」
確かに、僕はプライベートでは凛華姉さんと良く過ごす事も多い。
良く朝食も作りに来てくれるし、最近ではお弁当まで。
そのお礼として費用は僕持ちで出掛けたり、それとは別に共に修行したりしている。
まぁ2人きりって事もほとんど無いんだけど、凛華姉さんといる日は大方、小夜と琥珀も一緒だ。
……そっか、生徒会のメンバーでは何回か遊んだけど、香蓮ちゃんとは島にきてから一緒に出掛けたりする事もなかったんだよな。
短い期間だったけど幼い頃は良く2人で知らない場所を探検したりしてたのに……。
それで僕なんかとまた一緒に過ごしたいって思ってくれていたんだ……。
「そうだ、また一緒に探検に行こうよ」
「え?」
突然の僕の言葉に対し香蓮ちゃんは僅かに驚くが、僕はまた一緒に香蓮ちゃんと過ごしたい。
この気持ちは本心だ。
「昔みたいに香蓮ちゃんと色々な場所に行ってさ、また一緒に過ごしたいんだ」
「あ……」
「も、もちろん、香蓮ちゃんさえ良ければだけど……」
自分の想いを言ってはみたが、なんだか自信がなくなってきた。
香蓮ちゃんも僕と一緒にいたいっていうのは僕の驕りや勘違いだろうか……。
「そっか……うん!もちろんだよ!」
良かった……なんとか元気を取り戻したみたいだ。
彼女は先程の力のない笑いと比べ、可憐な向日葵の様な笑顔を見せてくれた。
生徒会の面々と共に山中で歩を進めつつも僕は最後尾で香蓮ちゃんと会話しながら進む。
動物と触れ合えるカフェへ行きたいとか、皆でキャンプするのも面白そうとか2人で行きたいところを喋り合う。
その間、前の方を歩く凛華姉さんはこちらの様子をたまに伺いつつも香蓮ちゃんもそれに気付き、どこかぎこちない様子だった。
2人はさっきの口論が少し尾を引いているのかもしれない。
まぁ2人は親友だし香蓮ちゃんも元気を取り戻したし、たぶん大丈夫だろう、なんなら帰りにあそこにでも寄るかな……。
「旦那ぁ、あったぜ」
僕が2人の仲直りの策を軽く考えていると、最前を歩くワイルド兄さんが僕へ呼び掛ける。
彼は前の任務で小夜を助けてくれた時から協力してくれている。
呼び名は【ワイルド兄さん】だ、名前は聞いたが『それでいいや』と言っていた。
彼は島を散策するうちに瘴気がある場所をある程度見つけていて、港での一件から僕らを案内してくれている。
おかげで最近、瘴気の数は減っている、GWからここ数日は大分捗った。
「多いな……」
さて、役目を果たすか。
眼前の開けた場所には辺りに瘴気が漂っている。
この前の瘴気は禍々しい1つの個体の様なものだったが、今回のは量が多い。
ここはおそらく黒幕の妖怪にとって重要な場所の1つだろう、何をするつもりか分からないが好きにさせるわけには行かない。
辺り一帯に漂う瘴気は一気に払った方が効率は良いが、少なからず妖魔も出現してしまう可能性がある。
しかし同じ轍は2度踏まない、今回は瘴気を浄化するにあたっては香蓮ちゃんにも協力してもらう。
以前の様な感知型の瘴気は反応して妖魔が顕現するだろうが、香蓮ちゃんに協力してもらえれば妖魔の力を弱める事が出来る。
頭領の姉さんにその事を伝え、僕らはしばし答えを待つ。
「そうだな、涼音と朱鳥はこーちゃんと香蓮の護衛を頼む、もし前衛が苦戦していたら朱鳥が優先的に援護を頼む。私と兄さんは妖魔が出現次第掃討を優先する」
「ッカッカ! 侍の嬢ちゃんから兄さんと呼ばれんのは何度聞いてもムズ痒いぜ」
姉さんは侍の血を引く家系だ。
そしてワイルド兄さんはおそらく古を生きた妖怪、きっと正真正銘の侍が生きた時代も知っているんだろうな。
それはそうと、伝え忘れていた。
この結界は妖怪の力も弱めてしまう。
「ワイルド兄さん、伝え忘れてたけど今から張る結界は」
「あぁ、わーってるよ! 力が減んだろ? 少しくらい訳ねぇぜ」
「私も気を付けるわ」
兄さんはいつかの僕みたく拳を突き合わせバチバチに弾く、頼もしい限りだ。
朱鳥先輩も兄さんと同時に返事をしてくれる、朱鳥先輩がどんな力を持った人か僕はまだ良く分かってないんだよな、良く分からないが頼りにしてます。
彼女が力を使うところを見た事は無いが、なんとなく只者じゃないような雰囲気を感じる。
ちなみに今回は小夜と疾風はいない。
「よし、こーちゃんが結界を張った時が作戦開始の合図だ」
僕は人払いを済ませ、結界に必要な呪符を広場の周りに飛ばしていく。
その間に皆は戦闘準備を済ませていく、各々得物を武装したり気合を入れる。
おそらく妖魔の数は少ないと思うが、久々の集団戦になる可能性がある。
島に来てから修行ばかりで、実戦は港での一件きりだ。
気を引き締めよう、幸いこの程度の結界なら僕もある程度は動ける。
「よし、準備できたよ」
僕は皆へ声を掛け、結界を展開する旨を告げる。
そして香蓮ちゃんに地へ置いた呪符へ手を置くよう、促す。
「じゃあ、前やった時みたいに呪符に手を置いて」
「こうかな」
少し不安げな眼差しで彼女は僕を見てくる。
きっと不慣れな結界術を発動する事に心配なんだろう、あと凛華姉さんとも仲直り出来てないし……。
本来僕らの任務は命をかける事も多い、島は平和だから忘れていたけど今からこの前以上の激戦になるかもしれない。
「大丈夫だよ、香蓮ちゃんは前みたくオーラを広げてくれればいいから」
いざとなれば僕がこの身を賭してでも皆を守る。
これからはそういう気持ちで戦わないと、誰かが死ぬことにもなるだろう。
気持ちを切り替え、僕は彼女の手の上に自分の手を重ねる。
「ちゃんと仲直りできるよ、心配しないで」
「うん……!」
香蓮ちゃんが呪符にオーラを込め始める、彼女の手から伝うオーラを広場の範囲内に収め僕は真言を唱え、結界を構築していく。
すごい……慈しみと愛情に溢れた暖かいオーラ。
【シュヴァリエ・デュ・ソレイユ】太陽の騎士を冠する称号を持つのは伊達じゃない。
「結界展開!」
僕が結界を展開すると同時に、皆気を引き締めなおすが、瘴気はどんどん跡形もなく消えていく。
拍子抜けだが気を抜いてはならない、何が起こるか分からないからな……。――――――
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