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前編

前後編です。

突発的に書いたので、不備あるかもです。

よろしくお願いします。

 私、エマ・ナルスジャックには推しがいる。

 マトレーン国でも随一の剣の使い手でもあり、若き騎士団長を務めるレイン・バルドー様。


 美しく燃えるような赤い髪、意思の強そうな鋭い眼差し、その全てにおいて凛々しいお顔。すらりとしたスタイルはマトレーンに住む女性全てを虜にするほど、内面も外見も完璧なお方。

 子供の頃はレイン様のご両親と私の親が懇意にしていた為、よくお互いの屋敷を訪れては一緒に遊んでいたものだけど。年月が経つにつれて、レイン様はその剣の才能を開花させ、侯爵という身分の御家柄でありながら騎士を志すことを決意されたの。

 私はそんなレイン様が眩しくて、あまりに眩しくてまともに眺めることすら出来ない程だった。文武両道で性格も素晴らしかったレイン様の周りには、たくさんの人が集まって、とても私みたいな平凡な女の子が近寄れるような存在では無くなってしまった……。


(それでもいいの。こうして遠くからレイン様を見守るだけで、私はそれで満足なのですから……)


 カラスのように黒い髪は、同い年の女の子から馬鹿にされてきた。瞳は大きいけれどまつ毛が乏しいせいで、ギョロリとした目つきになってしまうのが自分でも大嫌いだった。だからなんとかメイクとかで誤魔化そうと努力したのだけれど、レイン様の周囲には見目麗しいご令嬢がぞろぞろしていたから、なんだか気後れしてしまって。

 その距離はどんどん離れていくばかりだった。

 でもそんな距離感が、私にはむしろちょうど良かったのかもしれない。何の取り柄もない、平凡な貴族の女の子が全てに恵まれたレイン様に釣り合うわけがないもの。


「ふへへ……」


 レイン様を遠くから眺めるのが日課だった。

 もちろん貴族学校で勉学に励んでいる合間の、ひとときの間だけれど。

 レイン様は私と同じ貴族学校に通っていて、一年先輩。優秀な成績を収めているのだから、さぞ勉強が大変だと思うんだけど、騎士としての訓練も欠かしていないのがすごい。

 疲れを見せないその笑顔。女性ファンに振りまく笑顔も素敵。そこに私はいないけれど、レイン様が元気でいてくれているだけで、笑顔でいてくれるだけで、私の心は満たされていた。


「ねぇ、あなたまたレイン様のストーカーをしているの?」

「気持ち悪い子。いい加減やめるようにファンクラブの会長であるナターシャ様に注意されたばかりでしょ!」

「そうよそうよ! あなたみたいな根暗な平凡娘はお呼びじゃないのよ!」


 そう言って私を指差す女生徒達。彼女達はレイン様のファンクラブの会員だ。

 もちろん非公認なんだけど、彼女達は独自のルールを作って、レイン様を独占しないように、抜け駆けしないように、お互いに目を光らせている。

 一人の女生徒が私に指差し、その指先から氷のつぶてが放たれる。


「痛い! やめて! きゃああっ!」


 まるで冷たい石ころを投げつけられたみたいな痛みが走って、私は木の上から落ちてしまった。レイン様を遠くから見つめる為に作ったガラス鏡が割れてしまう。


「あぁっ! 自信作だったのに!」


 私は地面の上で粉々になったガラス鏡の破片を集めようとしたけど、破片の先が指に刺さって血が出る。

 それでも『魔法が使えない』私が作ったマジックアイテム。材料だって揃えるのに苦労した。

 一生懸命拾い集める手を、ファンクラブの一人が踏みつける。ぐりぐりと踏み締めるように私の手の甲に体重を乗せた。


「魔力ゼロの無能さん。そんなアイテムに頼ることしか出来ないなんて、哀れにも程があるわ」

「あんたみたいな無能に、レイン様を見つめる資格なんてないのよ」


 一人が手を振ると、小さなつむじ風が巻き起こって、地面に散らばったガラス鏡の破片が四方八方に飛んで行った。キラキラと太陽の光を受けて舞っていく破片を見て、私はへなへなになる。

 踏まれていた足が退いて、青あざになった手をさすりながら地面にへたり込んだままになる。

 女生徒達はケタケタと高笑いした。楽しそうに、おかしそうに。

 惨めな気持ちになりながら、私は早くその場から逃げ出したくなる。


「そこで何をしているんだ」


 耳触りの良い美声が聞こえた。私はびくりと肩を震わせ、いよいよ顔を上げられなくなってしまう。


「レイン様!」

「きゃーっ、レイン様!」


 さっきまで私をいびっていたことも忘れて、黄色い声を上げるファン達。

 駆けるように声のした方へ向かっていく足音。それを耳で確認していると、声の主ーーレイン様がファン達を非難するようなセリフ。

 その後に、足音がこちらへと向かってきた。もしかして私のところへ!?

 慌てて逃げようと思って立ち上がろうとしても、腰が抜けてすぐに立てなかった。


「エマ!」

「ーーっ!」


 私の名前を、覚えていてくれてる……。

 幼い頃からもうずっと会話どころか、顔を合わせることすら無くなったというのに。

 

 私の目の前で片膝をついて、手を差し伸べるレイン様。

 見ないで。こんな惨めな私をその綺麗な瞳に映さないで。


 だけどレイン様の綺麗で大きな手が、私の頬に触れ、顎先まで撫でるとそのままくいと上を向かせた。

 涙で濡れる私の素顔を見て、レイン様は心配そうな表情をしている。

 なんて美しい、憂いに満ちたお顔なんだろう。

 これを遠くから見つめることが出来たら、私はそれでいいのに。


「エマ、酷い目に遭わされたのかい」

「えっと……、いえ……、あの……」


 初めて会った時から、彼は私の推しだった。

 全てが完璧なレイン様を、私は遠くで眺めるだけの存在で良かったのに。

 そのレイン様が私のことを心配してくれてる。

 

 私が言い淀んでいると、レイン様は私の顔に触れていた手を離して、スッと立ち上がる。

 それから少し離れた場所で居心地悪そうに、罰が悪そうにさっきのファン達がたじろいでいた。


「あの、違うのよ、レイン様」

「その女が木の上で、変な鏡を使ってレイン様を観察していたんです!」

「変態ですよ、変態! レイン様を盗み見て、不気味に笑ってるような女ですよ!」

「そうよ、それにその女は魔力ゼロの無能! レイン様に関わっていいような女じゃないです!」


 言いたい放題言ってくる彼女達のセリフだけど、残念ながら全部当たっているのが悲しかった。

 私は羞恥心で再び顔を伏せて、このまま消え去りたいと本気で神様に願う。

 するとレイン様は彼女達の言葉に動揺することなく、何をするつもりなのか、私の隣に寄り添うように、もう一度膝をつく。

 私の肩に手を添えて、肩を抱くような形で彼女達に言い放った。


「彼女は、エマは俺の婚約者だ。俺の婚約者に向かって無礼を働いた君達には、どうやらお仕置きが必要らしい」


ーーえっ?


 私以外にも、何を言っているのか理解出来ていない女性達の悲鳴が上がる。

 今、なんて?

 私がキョトンとしていると、レイン様はこれまでに見たことがない程の極上の微笑みで私に囁く。


「エマ、ご両親からまだ聞いていないようだね。俺は君に婚約を申し込んだところなんだ。返事を聞かせて欲しいんだが」


 何が、起きてるの?

 夢でも見ているというのなら、極上すぎる夢なんですけど……。

 でも待って、レイン様。

 私は……。私は……っ!


「お、お断りします!」

「え……っ」


『はぁ!?』


 私の衝撃的な返答に、レイン様の素敵な表情は崩れ、後方にまだいたファン達は怒りの声を上げていた。

お読みくださり、ありがとうございました。

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