表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

大好きなお姉ちゃんが婚約破棄されて修道院送りになりました ~優しいお姉ちゃんの親友に便利な魔法を教えてもらったので、お姉ちゃんを助けたいと思います~

作者: ヒデミケ

 ルゼ王国の文官カイゼルは頭を抱えていた。

 昨夜の王太子殿下の誕生パーティーで、事件が起きたのだ。

 陛下が外交中で不在の今、どうにか穏便にイベントは済ませておきたい。

 そう思っていた最中、王太子殿下が、伯爵令嬢のフィアンセ『ナタリア』に対して”婚約破棄”を告げたのだ。

 この令嬢は、容姿はパッとしないが善人だ。

 婚約破棄されるような性向はないはず。


 そう思いながらも、終始殿下に寄り添っていた、ピンクの巻き髪の令嬢ルーシアを思い出した。

 明らかに女性に手癖の悪い殿下に取り入った感じだが、なんでもナタリアに執拗なまでの嫌がらせを受けていたというのだ。


 先日行われた建国記念パーティーには招待こそされてはいなかったが、ナタリアの親友と言う事で同席し、その際初めて会ったというのに、殿下の彼女への熱の入れようはすさまじかった。

 そこに嫉妬を覚えたナタリアが、親友といえど逆上し、度重なる虐めに走ったということだった。


 ――そして、ついにある日の夕方、ルーシアがひどい惨状で城門に現れた。

 学園からの帰りにナタリアに公園に呼び出され、ナイフで脅され、可愛く着飾った制服を切り刻まれたあげく、近くの畑に連れていかれ、備え付けの肥溜めに突き落とされたというのだ。


 直接彼女からこれを聞いた殿下の怒りは最高潮に達し、昨夜の皆が集う中で、ナタリアを公開断罪した。おめでたいはずの自身の誕生パーティーという場にもかからわずだ。

 陛下が不在であるのに、こんな事があってはならないのに。

 文官であるカイゼルは状況報告と、傘下の貴族達に速やかな通達の任がある。


 考えるだけで、憂鬱なのだ。


 しかも彼は今、国立貴族学園初等部三回生の学期末試験となる論文の採点中だった。

 公務の一つであり、職員不足解消にも繋がるのだ。手は抜けない。

 課題は、”自分のアピールポイントを簡潔に説明してください”


 じっと見つめる先はある男子生徒の答案だった。


(――『簡潔に』って文言入れておいたのになぁ……)



 氏名:ケール・サイラス


 ――僕にはお姉ちゃんがいます。

 十六歳のナタリアお姉ちゃんは僕にとっても優しくて、頭も良いです。

 僕の宿題をいつもやってくれるので、そばかすがあって眼鏡もかけていますが大好きです。

 なんでもうちは”伯爵”という結構えらいお家だそうで、ナタリアお姉ちゃんは、王国王子様のお嫁さんに行くことが決まっていたそうです。


 でも、こないだお城の王子様に呼ばれて”婚約破棄”という処分を受けて泣いて帰ってきました。

 それから、怒ったお父さんお母さんに修道院ってところへ連れていかれてしまいました。

 早く帰ってきてくれないかな。


 そんなナタリアお姉ちゃんには、すごく仲良しのお友達がいます。

 ルーシアというピンクの巻き髪のとっても美人のお姉ちゃんです。

 ルーシアお姉ちゃんは、”男爵”という家柄ですが、いっつも綺麗な恰好で、僕ともよく遊んでくれます。とっても器用でなんと魔法が使えるそうです。


 この前のお城での建国記念パーティーというお茶会の時、僕もナタリアお姉ちゃんの弟として同席することになりました。

 それを知ったルーシアお姉ちゃんに、お礼に一つ魔法を教えるから、わたしも連れて行ってとお願いされ、ナタリアお姉ちゃんに相談して、一緒に行くことになりました。

 ルーシアお姉ちゃんはすごく綺麗なドレスを着ていつも以上に可愛らしく見えて、王子様も目をハートにして喜んでいました。

 二人はバルコニーへ出ていっていい雰囲気になっていました。


 お嫁に行くのはナタリアお姉ちゃんなのになぁ……


 でも約束通り、後でしっかりルーシアお姉ちゃんには魔法を教えてもらいました。

 なんでも決定的瞬間を押さえられるすごい魔法みたいです。


 でもこの可愛いルーシアお姉ちゃんが、何だかそれっきりおかしくなってしまいました。

 この前なんか、僕がよく友達と行く公園の物陰で、たまたまルーシアお姉ちゃんを見つけたので、一緒に遊ぼうよと声をかけようとしたら、いつもの綺麗な自分の制服を切り刻んで、なにかつぶやきながら去っていきました。

 とっても悪そうな笑い方だったので、気になってついていくと、畑の肥溜めに今度はダイブしました。


 これは大変だと思ったけれど、とっても臭いので、僕はそのまま声をかけられずルーシアお姉ちゃんを見送りました。

 ルーシアお姉ちゃんは笑いながら走ってお城へ向かっていきました。


 気が狂っちゃったかもしれないけど、僕はルーシアお姉ちゃんも大好きです。

 便利な魔法を教えてくれたから、感謝で胸が一杯です。

 でもやっぱり一番はナタリアお姉ちゃんです。


 ――


 では僕のアピールポイントを簡潔に書きます。



(えっ? 回答ここからかよ!)



『記憶や強い思念を文字に込めて、投影させる魔法を使える事』



(”なんでも決定的瞬間を抑えられるすごい魔法みたいです”――まさか!?)


 カイゼルは、

 ”でも後でしっかりルーシアお姉ちゃんには魔法を教えてもらいました”

 以降の行を指でなぞってみた。


 ――すると、


 昨夜王太子殿下にひっついていたピンクの巻き髪少女が、公園の物陰で自分の制服をカッターで切刻み、


「――これでわたしは最高の王子とお金が手に入るわ……」


 つぶやきながら、ほくそ笑み、トコトコ歩いて行く所から始まり、畑の肥溜めに豪快にダイブし、あひゃひゃひゃと笑いながら走って消える映像が脳裏に浮かんできた。


 なんと筆跡に紐づいた記憶映像を込められる魔法が施してあったのだ。


(――まさか、姉を救う為、こんな遠回しの回答を?)


 ”気が狂っちゃったかもしれないけど、僕はルーシアお姉ちゃんも大好きです”


(全くよく言うよ……ご丁寧に相当強い思念まで込めてあるな……)


 なぞる指から稚拙に書かれた文章とは裏腹に、ルーシアと殿下に対する嫌悪がひしひしと伝わってくる。


(どうやらこの時点で既にケールは、ルーシアの策略を看破していたようだな……)


 彼がルーシアを本当に大好きであるのならば、たとえ臭かろうが、この奇行を放って見過ごす事などあり得ない。いや、そもそも彼女が自分の制服を切り刻んでいるのを目撃した時点で、止めに入るだろうから。


 それどころか同時に、ルーシアお姉ちゃん、便利な魔法教えてくれてありがとー! と感謝までしている。文章上は一切彼女を糾弾せず、あくまで『論文』として成立させようとしているのだ。


(ルーシアも、自分の教えた魔法で自滅とは……皮肉なものだな……)


 文章だけならば、子供の都合の良い戯れ言と切り捨てられかねない。

 だが、記録映像付きとなれば、話は変わってくる。


 (初見で上手く、女癖の悪い殿下に取り入り見初められたルーシアであるならば、自作自演だろうがなんだろうが、そりゃあ、問答無用で官軍扱いだろうな……肥溜めにまでダイブするという常軌を逸した行動をとった事で、ナタリアの脅しが確固たる信憑性を持ってしまったのだろう……)


 カイゼルは行動を起こす事にした。

 ……いや、動かざるを得なくなった。


 回答前の最後の行、

 “でもやっぱり一番はナタリアお姉ちゃんです“

 ここを指でなぞった瞬間決意した。

 読み取ったメッセージは……


『僕の何よりも一番大好きなお姉ちゃんを助けて!!』


 そして、論文の課題“自分のアピールポイント“の本当の回答は、ルーシアに教えられた魔法なんかではなく……


『誰よりも姉想いなところ』


 (……回答には採点が必要だよな。ふぅ……見事な論文だよ、全く……)


 苦笑いを浮かべながらも、カイゼルは採点で応える事にした。

 “ナタリアを救い出すという採点“で。


 外交帰り間もない陛下をつかまえ、緊急事態ですと提言。

 事の真相全てを聞いた陛下は、血相を変えた。

 結果、稚拙な誘いを見抜けずルーシアにご執心だった王太子殿下は廃嫡の上、王宮軟禁。

 ルーシアはお家取り潰しに。国外追放される事となった。



 ――数日後。


 修道院から無事出られたナタリアと、ケールはカイゼルに呼び出されていた。


 ナタリアは、以前とは比較にならない程、生気に満ち溢れ、トレードマークの眼鏡も外し、綺麗な瞳を輝かせている。しがらみのない今、どこを切っても美しいと呼べる程の美貌を備えている。


 ケールは、ナタリアにくっつき寄り添い、子供らしいが、その瞳は輝き、芯の通った逞しい印象だ。間違いなく未来の愚王の誕生を阻止した立役者だった。


「あの論文なんだけどな、まず『簡潔に』という趣旨から、大きく逸脱しているから0点だ」


(――ただし、姉想いという点においては文句なく満点だけどな……)


 言葉で0点と言われても、姉弟は心の底から微笑み合っていた。カイゼルの本心が伝わってきたから。

 そもそも、ここに無事ナタリアがいるのは、カイゼルが言葉とは裏腹に、満点の採点をつけてくれたからだ。


 “カイゼル先生! 最高の採点をありがとう!!“


 それが二人の本心だった。


「――それとこれが本題なんだが……ダメじゃないか! 宿題は自分の力でやらないと! お姉さんも分かってるね?」


「「はい!」」


 元気に笑顔で返事をする二人。


 (……やれやれ……これは本音なんだがな。本当に分かってるんだか……)


 カイゼルは叱りながらも、二人がとても愛らしく思えた。心が綺麗に潤ったような、清々しい気分だった。



 ~おしまい~

最後までお読み頂きありがとうございました。去り際にご評価つけて頂けたら、大変嬉しいです。よろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] でかした。弟! 結果、評価したカイゼル君も素晴らしいですね! [気になる点] 肥溜め、よく這い上がれたなぁ。ダメージありすぎる。
[一言] でも肥溜めにダイヴするのはすごいガッツだと思いました
[気になる点] この令嬢は、容姿はパッとしないが器量良しだ。 容姿の容が容貌、器量も要望なので、「パッとしない 良い」が両立しない。「器量よし」を「善人」にすればよいかな。 [一言] 弟に名前を与え…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ