5 ラウル王子2
エミールと別れたノアは、あの庭園の使用について簡単に「大丈夫」と請け負ってみせた彼の言動から、
(やっぱりエミールは、身分の高い方の御子息なのね)
といった思索を巡らせつつ、庭園から自室へ向かっていた。
その途中。
(あ……)
ノアは見たくないものを見つけてしまった。帰路に着く王城の廊下。そこで出会ったのは、またしてもラウル王子だった。前回同様、険しい表情をしている。
(やり過ごしたい)
そう願い、顔を伏せ進行方向を変えようと試みたが、わざわざ追いかけて来て、声をかけてくる。
「自分がやってきたことを、やり返されるのは、どんな気持ちだ?」
その王子の言葉から、ここで遭遇したのは偶然ではなく、彼に待ち伏せされていたことを察した。
やはり、あのお茶会は、ラウル王子も一枚噛んでいたらしい。あのメンバーの中に、懇意にしている者でもいるのだろう。
さて、自分は、レティシアとしてどう答えるのが正解なのだろうか。ノアは考えた末、
「何のことでしょう?」
と知らないふりをした。何を言っても角が立つ。下手なことを言えばボロが出る。ならば何も答えないのが上策だ。
するとラウル王子は顔をしかめつつ、
「お前は随分と大人しいが、何を企んでいる?」
と問い詰めてくる。しかし、レティシアならばともかく、ノアに企みなど、あろうはずもない。静かで目立たない日々を送りたいだけだ。
「私は、ここで学べることを、少しでもたくさん身につけるべく日々を過ごしております」
大人しく過ごそうとしていることを態度で伝える。これで、少しでも警戒を解いてもらえたら良いのだけれど、とノアは期待するが、この上なく不審げな目を向けられたので、難しそうだ。
詰問する眼差しと、逃れるために逸らす眼差し。
決して交錯しない視線。その中に、ふと割って入るものがあった。
「ラウル王子」
呼びかける声があり、張り詰めた空気が弛緩した。
その声の主は、どうやらラウル王子の従者の一人らしく、こちらに聞こえぬよう細心の注意を払って、何やら王子に耳打ちをする。
内容は聞こえずとも、ある程度想像はできた。王子というものは、多忙だ。恐らく次の予定が詰まっていることを従者に告げられたのだろう。ノアにとっては、天の助けである。
一方のラウル王子は軽く舌打ちすると、
「もう一度、念を押しておくが、ここで好き勝手できると思うなよ」
と言い残し、踵を返して従者と共に去って行った。
こういうやり取りも、もう二度目だ。前回のように、緊張のあまり膝から崩れ落ちるようなことはなく、ノアは、自分の部屋に戻るべく、再び足を進めた。
歩きながら考える。
ラウル王子はきっと、素晴らしい人なのだと思う。
表面上は綺麗に取り繕っているレティシアの内面の悪意を、しっかりと見抜いて騙されなかった。
とても出来た人であることに間違いない。
しかし、だからこそ今、静かにやり過ごそうとしている自分にも気づいてほしいと、ノアは切に思う。
(まあ、無理でしょうね……)
自分はローウェル家の一員とみなされていない、隠された存在だ。
しかも、これだけそっくりで、誰が自分とレティシアが別人だと思うだろうか。
そもそもノアの仕事は、レティシアのふりをして、決して別人とばれないように日々を過ごすことだ。ならば王子への対応も、その仕事に含まれているのだろう。
(それにしても……)
今日は色々ありすぎて、頭の整理ができていないままだ。
(疲れたな……)
早く自室に戻って、くつろぎたいと思った。ローウェル家にいる時とは違って、ゆっくり休むノアを咎める者は誰もいないのだから。