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少女が辺りを見回すと、他の少女たちが、それぞれこくりと頷く。それを確かめた後、少女はノアに向き直った。
「貴女は一人の同級生を便利な使い走りにしていましたわよね」
確認を取る言葉だったが、レティシアではないノアにとっては身に覚えのないことだ。どうにも答えられず押し黙っていると、少女は呆れたような溜息をつき、
「都合の悪いことだから忘れたふりをしていらっしゃるのかしら? それとも、あまりに心当たりが多過ぎて、どれのことだか分からないのかしら? どちらにしても貴女らしいと言えば貴女らしいですわね」
とちくりと言い放った後、話を続けた。
「その子がお茶を淹れた時、貴女、こう言いましたの。貴女のような下賤な娘が淹れたお茶など、飲めたものではありませんわ、と」
確かに最低な振る舞いだが、レティシアがいかにも、やりそうな物言いでもある。現に、ノア自身、ずっと、そんなふうに言われ続けてきた。
「そのうえ、その熱いお茶を、その子に引っ掛けたのですわ」
「…………っ」
ノアは息を呑む。
全く擁護できない振る舞いだった。同時に、自分がそんな目に遭わずに済んでいるのは、恐らくスミアが上手くフォローしてくれていたからだろうと、ノアは改めて、母が送ってくれた使用人の存在に感謝した。
しかし、その少女は大丈夫だったのだろうか。心配になる。
「幸い、火傷は軽症で済みました」
その言葉に、ノアは心の中で安堵する。うら若い少女に火傷の跡が残れば、どうしても辛いだろう。
「けれど、その日以来、その子は学校に来ることができなくなってしまいましたの」
そう言って、少女は立ち上がった。そして冷然と言い放つ。
「貴女のような根性の悪い人間が淹れたお茶なんて、飲めたものではありませんわ」
義憤に駆られた少女は、レティシアと同じ言葉を因果応報とばかりにノアに投げつける。その状況に、ノアが全く傷つかなかった、と言えば嘘になる。しかし、普段からレティシアの理不尽な言動に慣れているノアにとって、耐えられないというものではなかった。
ただ弁明することも叶わず、立ち尽くすしかできなかった。
一言もないノアに、少女は侮蔑の視線を向けた後、宣言どおりお茶に手をつけず、
「では、失礼しますわ」
と無表情に告げ、庭園を出て行ってしまった。他の令嬢たちもリーダーの少女の後に着いて、お茶の席を立ち、立ち去って行く。
まだ湯気の立つお茶が並んだテーブルの傍で、ノアは一人、ぽつんと取り残された。そして考える。
きっと彼女たちは正義感が強い人たちなのだろう。いじめられた子に代わってレティシアに報復したくなる気持ちも分かる。けれど。
「良いお茶なのに、もったいないな……」
誰一人手をつけなかったけれど、お茶に罪はない。
ノアは椅子に座って、残されたティーカップを手に取る。口元に寄せると、鼻腔をくすぐる芳醇なお茶の香り。家では絶対に飲むことが許されない、高級な茶葉だ。
一口、口に含むと、爽やかな味わいが広がった。
(美味しい……)
麗かな青空のもと、綺麗な花が咲く美しい庭で、ひとりお茶会。少し寂しい気もするが、一人でいることには慣れている。そう考えれば、家にいるよりは多少ましな環境かもしれない。
そんなことを考えながら、もう一口、飲もうとした、その時。
がさがさ、と音がした。
それは葉っぱが擦れる音だった。
ーー茂みの向こうに、何かがいる。
身を固くするノアだったが、ここは王城なので野生の動物などは放たれていないはず、と思い直す。
しかし、相手が人間ならば、声をかけるべきだろうか。
ノアがそんなことを考えている間にも、その人物は、茂みの中から飛び出して来た。