3-1 憂鬱なお茶会
身代わりを終える日まで、静かにやり過ごしたい。
ーーそんなノアのささやかな望みを嘲笑うよう、すぐに事件は起きた。
それは、必要な時以外は部屋に篭って何とか無難に過ごそう、とノアが決めた矢先のことだった。
行儀見習いで来ている身のため、ある程度スケジュールは決められている。そのほとんどは、貴族として、そして淑女としての心構えを学ぶ時間に当てられていた。
その一環としての立ち振る舞いのレッスンを終えて、部屋に戻ろうとすると、扉の隙間に一枚の封筒が挟み込まれていることに気付いた。
(何だろう……)
ノアは、それを手に取って部屋に入るなり、ペーパーナイフで開封した。封筒の中身は招待状だった。
(お茶会……)
レティシアの立場は貴族だ。ゆえに、お茶会に招かれること自体は、何の不思議もない。だが、封筒にもカードにも、招待者の氏名が書かれていないことに、不穏なものを感じた。
しかし。
(行かない、という選択肢は、ないのよね。きっと)
ノアは憂鬱な溜息をつき、気が重いながらも支度を始めた。
☆
指定された時間に、指定された場所に向かう。お茶会の開催は、庭園で行われるようだ。今日は晴れ渡っているので、絶好のお茶会日和である。
ノアが辿り着いた会場は、こじんまりとしたものだった。美しく整えられた庭。その中央に設置された白く丸いテーブルは六〜七人が掛けられる程度のもので、ノアが到着した時には、既に席は埋まっていた。つまり、ノアの席がない、ということだ。
皆、ノアの登場に気づくと、一斉に視線を向ける。
「あら、レティシア様、ごきげんよう」
挨拶の言葉は愛想が良いが、全員、一様に目が笑っていない。ノアはすぐさま、ここはレティシアにとっての「敵陣」であることを察した。
皆、レティシアと年齢が近いこと、先日の王子とのやり取りを踏まえると、彼女たちが従姉妹の学生時代の同級生であることに間違いないだろう。
そのメンバーの中で、白いレースの扇子を持った、ひときわ美しい少女が、厳しい口調で、こう告げた。
「貴女、よくおめおめと、ここに顔を出せましたわね」
敵意のこもった視線が突き刺さる。まさに孤立無援だった。
学生時代、恐らくレティシアには取り巻きがいたはずだ。しかし、ここにいるのは、レティシアに恨みを持つ者ばかりのようである。
取り巻きから引き離されたお茶会のメンバーに、作為的なものを感じた。
(ラウル王子……か)
余程、レティシアの行動が目に余っていたのだろう。レティシアから被害を受けた少女たちに、報復の機会を与えたということか。
メンバーのリーダー格と思しき先程の少女が、口火を切る。
「ねえ、新入りさん。私たちにお茶を用意していただけませんこと?」
普段のレティシアを真似て「そのようなこと、私の仕事じゃありませんわ」と断るべきだろうか。しかし思う。レティシアは自分で自分の評価を落とす分には構わないが、ノアの行動によって自分の評判が落ちることは、許せないだろう。
少し考えた後、
「はい」
と答え、ノアは給仕がするようにサイドテーブルの傍に立つ。サイドテーブルには、茶器や茶葉などが揃えられていた。
家で雑用を命じられていたノアにとって、お茶を淹れることはお手の物だった。静かに、しかし丁寧に、ノアは人数分のお茶を準備する。
「どうぞ」
言葉を添えてお茶を出す。ノアーー彼女たちにとってはレティシアだがーーが大人しくお茶を淹れたことを意外に思ったのか、淑女たちは少し面食らったように見えたが、リーダーの少女は、こほんと気を取り直すように咳をすると、
「王城だからといって良い顔をしても無駄ですわ」
と言った。さらに言葉を継ぐ。
「貴女、覚えていらっしゃる?」
その少女の唇は笑みの形に弧を描いているが、目は全く笑っていなかった。