2 ラウル王子1
そうしてノアは王城に連れて来られて、今に至る。
そして改めて、厳しい現実を突きつけられたのだった。
目の前には険しい目つきをした王子。美しい顔立ちであるがゆえに、その冷たさが一層、際立つ。そして、
「お前のような人間が来るところではない」
という拒絶の言葉。疑いようもなく嫌われていた。
(招かれざる客だったんだ……)
レティシアが王城に行きたがらなかった理由。この状況に至るまで「レティシアは勉強が嫌いだから、行儀見習いもしたくないのかも」くらいに考えていたが、甘かった。
王子と顔を合わせたくないからーー王子からの憎悪をノアに受けさせるため、ノアを身代わりに立てたのだ。それと同時に、
(王子にこんなに嫌われるなんて、レティシアは一体何をしでかしたの……?)
と驚くばかりだ。
そして記憶を総動員し、一つ思い当たった。
ラウル王子とレティシアは同じ王立学校の学友である。学校に通い出した頃のレティシアは、王子と同級生であることを自慢げに話しており、そしていずれ王子に見染められるのだと、うっとりした瞳で語っていたものだ。
しかし、しばらく経つと、
「ラウル王子? あんなの、顔だけが取り柄の最低な男だわ」
と悪態をつくようになっていた。
よくよく考えれば分かることだった。恐らく何か王子の不興を買い、彼から尊重されなかったのだろう。
レティシアが王城の生活に飛び付かなかった理由は知れた。
(それにしても……)
王城の主人の一人である王子に嫌われているなんて、胃が痛い。そして、自分は一体、どう立ち回るべきなのか。想像もできない。
(身代わりであることを悟られてもいけない)
だから、ノアに出来得ることは、ただ一つ。
「申し訳なく存じますが、しきたりですので……」
と言葉を濁すだけだ。多くを語れば、間違いなくボロが出る。王子に限らず、王城では、なるべく会話は最小限に抑えなければ。
しかし王子は白い目でノアを見やり、
「殊勝なふりをしても無駄だ。お前のどす黒い本性は知れている」
と冷然と言い放った。そしてノアは改めて思う。レティシアは一体、どんなことをしでかしたのか、と。
「……」
ノアは伏し目がちに俯き、言葉を控える。そんなノアを見て、今、これ以上糾弾しても無駄だと判断したのだろう、王子は軽く舌打ちし、
「この王城で、お前が好き放題できると思うなよ」
と釘を刺した。そして言うべきことを全て伝え終えたのだろう、さっときびすを返した。
ノアは、去って行く拒絶する背中を目で追う。その姿が曲がり角で完全に見えなくなったのを確認すると、ノアは壁にもたれかかった。
(足に力が入らない……)
王子と対峙する緊張感は、かつて感じたことがないものだった。しかも、蛇蝎のように嫌われているという最悪の状況だ。よく途中で膝から崩れ落ちなかったものだと、ノアは少しだけ、雑用で鍛えられた己の足腰の強さに感謝した。
(それにしても……)
最初からこれでは、先が思いやられるというものだ。
しかし、こうも考える。いかに、ここが王城とはいえ、王子も忙しい身だ。そんなに頻繁に遭遇することもないだろう、と。
(元から、快適に過ごせるなんて思っていなかったもの)
だから極力、充てがわれた部屋から出ず、静かに目立たず過ごそう、とノアは心に決めたのだった。