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何かを含んだレティシアの笑み。
ノアからすると、嫌な予感しかしない展開だったが、レティシアの話を聞かないという選択肢を取れる立場にない。ただ黙ってレティシアの言葉を待つ。
やがてレティシアは口を開いた。
「私は卑しいお前と違って、由緒正しい家柄の正当な一人娘。だから年頃になると、王城に行儀見習いに行くことになっているの」
そういう風習があることは、ノアもスミアに聞いて知っていた。しかし、自分には縁遠いことで、何故、レティシアがそのことをわざわざ告げに来たのか意図が分からず、ノアは曖昧に首を傾げた。
そんなノアの顔に、レティシアは指を突き付けながら、傲然と言い放った。
「その王城に、お前が私に代わって行きなさい」
「……え?」
予想だにしなかった言葉に、ノアは面食らう。思わず驚きの声をあげてしまった。同時に冷静にこうも考える。
(どうして? 王城に行きたくないの?)
王城への行儀見習いといえば、王子や有力貴族と知り合う絶好の機会のはずだ。むしろ、野心家のレティシアならば、喜び勇んで行きたがるのかと思っていたが。
そんなふうに、ノアが疑問を抱いていることを勘づいているだろうに、レティシアは何一つ説明せず、ふんと嘲るように鼻を鳴らした。
「王城なんて、本来、お前のような下賤な生まれの人間が足を踏み入れて良い場所ではないけれど、私の計らいで行けることを感謝なさい」
恩に着せるようにそう言ったレティシアは、更に念を押す。
「私の身代わりであることがばれないよう、慎重に振る舞うように」
そう言いながら、もう一度、ノアの全身を眺める。そして眉をひそめ、大きな溜め息を零した。
「それにしても、ひどい格好」
ノアが着ている服は使用人のものだ。毎日洗濯はしているので清潔ではあるが、破れた部分はつぎはぎして長年使用したもので、当然、華やかな装いとは言い難い。
「お前にはもったいないのだけど、私の代わりに行くのだから、あまりみすぼらしい格好をされても困るのよね」
不承不承といった様子のレティシアは、一つ手を叩く。すると部屋の外で控えていた使用人が数名、荷物を抱えて入ってきた。
それらを寝台の上に置くと、彼らはレティシアに深々と頭を下げて、再び部屋の外へ出る。
さて、寝台の上に置かれた物。それは仕立ての良い数着の服だった。
「まあ、私のお古だけど、王城に着て行ってもおかしくないものよ。当たり前だけど、あげるわけじゃないわよ。貸すだけだから、そのつもりで」
汚したりしたら承知しないから。そう言い残してレティシアは出て行った。
残されたノアは、嵐が去ったような気分で、しばし呆然と立ち尽くしていた。あまりに不可解な展開に、白昼夢でも見ていたのではないかと考える。しかし、ふと寝台を見やると、レティシアが残していったドレスが、確かにそこにあった。
(これは、現実……)
ノアは、恐る恐るドレスを手に取った。今まで経験したことのない手触りノアは驚く。しかし、美しいドレスを見て心躍ることはなかった。
(汚さないようにしないと)
レティシアが言い残した内容を思い出せば、むしろ気を遣わなければならないので、扱いに困るくらいだ。ノアは憂鬱な気持ちのまま、ドレスを体に当てて、鏡を見た。
(…………)
姿見を見れば、レティシアとそっくりの顔がこちらを不安そうに見ている。ドレスを体に当てた姿は自分でも驚くほど、従姉妹と酷似していて、とても複雑な気分になったのだった。