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11 重なる想い

 ラウル王子とエミール王子に身代わりの事情を知られて以来、王城での生活は格段に過ごしやすくなった。

 王子が何か取り計らってくれたのだろうか、レティシアの学友たちからも絡まれることなく、比較的、穏やかな日々を送ることができていた。

 しかしノアは知っている。


(この生活は偽りのもの)


 一日、一日と終わりの日は近づいている。身代わりに過ぎないノアは、いつかローウェル家に戻らなければならない。

 当然のことであるにも関わらず、ちくりと胸が痛んだ。


 そんなことを考えながら歩いていると、不意に、

 

「よぉ」


と、柄の悪い声で、呼び止められた。ノアは足を止め、相手を確認する。

 見覚えのない若い男だ。服をだらしなく着崩し、少し荒んだ雰囲気を醸し出している。しかし声をかけてくるということは、レティシアの知り合いだろうと思ったので、


「ごきげんよう」


と挨拶をすると、男は顔を顰めた。そしてノアとの距離を詰める。

 レティシアとどのような知り合いかは分からないが、淑女にこのように詰め寄るのは非常識だ。ノアは一歩下がり、再び距離を取った。

 すると男は顔を歪めながら、また一歩、ノアに近づきつつ言った。


「随分とよそよそしいな。まるで俺のことなんて知らないって態度だ」


 卑屈な嗤いを浮かべるその男の様子に、ただならぬ気配を感じ、体がこわばる。

 そんなノアの怯えを感じ取り、男は微かな愉悦を得たようで、饒舌になった。


「お前に散々貢がされたうえに、公衆の面前でこっぴどく振られた男のことを、まさか忘れたなんてこと、ないよな?」


 男は薄く笑いを浮かべながら手を叩いた。


「本当に幸運だ。お前が取り巻きもつけず、無防備にうろうろしているんだからなぁ!」


  ノアは危険を察して一歩後ずさる。しかし、相手の動きの方が早かった。無遠慮な手が伸びてきて、ノアの腕を強く掴む。そのまま強く引かれ、近くの部屋に引き摺り込まれた。

 どうやらそこは空室のようで、ノアはこれが周到に用意されていたことであると知る。ノアがこの辺りを通る時を、この男は執念深く待ち続けていたのだ。


 物置らしき部屋には、雑多な荷物が積み上げられている。出入り口は一箇所だけ。どうあっても男の脇をすり抜けるしか逃げ道はない。

 しかし、男がそれを許すはずもない。逃げようと試みるノアの腕を、乱暴な手で掴んだ。


「や……っ」


 振り払おうとしても、男の力は強く、ノアの力ではびくともしない。それどころか、足を払われ、体勢を崩してしまった。

 ノアは、男と共に床に倒れ込む。すぐに起きあがろうとするが、頬に冷たい感触がして、さっと血の気が引いた。


(刃物……)


 頬に感じた冷たさ。それは鋼の刃のものだった。


「大人しくしろ」


 下卑た笑いを浮かべながら、男はノアの胸元に手を伸ばす。それが意味すること。

 ーー男の目的を知ったノアは、さらに抗う。


「やめてください!」


 しかし特別に鍛えたわけでもない女の力で、男の膂力に勝てるはずもない。布を割く音が密室に響く。


(誰か……)


 男に押さえつけられながらも、諦めずに必死に抵抗を続ける。否、諦めたら、全てが終わりだ。幸いにして口は塞がれていない。ノアは必死の思いで声を上げた。


「ラウル様……!」


 何故、咄嗟にその名が自分の唇から飛び出したのか分からない。しかし。


「そこで一体何をしている!」


 そんな鋭い声が飛び込んできた。同時に荒々しく扉を蹴破る音。


 乱入してきた者が、男の体を容赦なく蹴り上げた。その一撃は過たず、みぞおちに入ったらしい。男はもんどり打った後、転げ回る。


「ぐっ……」


 苦しげに呻く男を尻目に、ノアを助けたその人は、ナイフを拾い上げ、ノアに駆け寄ってきた。


「大丈夫か!?」


 助け起こされ、やっと呼吸ができるようになった心地がした。

 大きく息をつき、そして知る。自分を助けてくれたのは、無意識に名を呼んだラウル王子、その人だったと。


「ラウル、様……」


 名を呼び……はっと我に返る。服が破れ素肌が覗いており、あられもない格好だ。ノアは慌てて服を引き寄せ、素肌を隠した。

 しかし、どうしても震えが止まらない。このまま誰も助けてくれなかったなら、自分は一体何をされていたのだろうか。

 かたかたと震えるノアを、ラウル王子は痛ましげに見守る。しかし、いつまでも震え続けるノアを見かねたのだろうか、


「大丈夫だ。もう心配ない」


と、そう囁くと、ぎゅっとノアの細い体を抱きしめた。

 幼子をあやすように背中を撫でられる。その抱擁の温もりと囁きが、思いの外優しくて、恐ろしい出来事に強張った心と体が、ゆっくりと解されて行く。


 そのままラウル王子は、ノアの震えが収まるまで、そっと抱き締め続けてくれたのだった。

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