1-1 身代わりの娘
「レティシア・ローウェル……何故、お前がここにいる?」
心からの軽蔑と嫌悪を含んだ声が、ノアに投げつけられた。突き刺すような鋭い視線。それらをノアに向ける人物。それは、この国の第二王子であるラウル王子だった。
厳しい視線と敵意をぶつけられ、ノアの手が震える。それと同時に、自分が何故、ここに来ることになったのか、その理由を知った。
☆
あるところに、美しい双子の姉妹がおりました。
姉の方は大変傲慢で、妹の方は大変大人しい娘でした。
年頃になった娘たちには、それぞれ縁談が持ち上がり、婚約が成立しました。
傲慢な姉の夫となる人は、娘の家より格上の家系の貴族でした。傲慢な姉は、それに大変満足して、大人しい妹に言い放ちます。
「お前は、どこぞの成り上がり貴族に嫁ぐのでしょう? 由緒ある家に嫁ぐ私と違って、気楽で良いわね」
と。
結婚は傲慢な姉の方が先になりました。
そして、すぐに子を身篭って娘を産み落とし、その子供をレティシアと名付けました。
しかし、どういうことでしょう。それと同時期に、まだ結婚をしていない大人しい妹もまた、一人の娘を産み落としたのです。
その経緯は、こうでした。
傲慢な姉の夫は、大変な女好きでした。ですから、傲慢な姉の妹が、同じ血を引いているにも関わらず、とても大人しい娘であることに興味を持ってしまいました。嫌がる妹に強引に迫り、無理矢理、関係を持ってしまったのです。
当然、傲慢な姉は激怒しました。夫に非があるのは明らかでしたが、妹のみを憎み、辛く当たります。夫の家も、姉妹に節操なく手を出したとなると世間体が悪いため、双子の生家に妹の処分を申し立てました。
そうして大人しく哀れな妹は、予定されてた結婚は破談となったうえ、不貞の娘として遠い地に追いやられてしまいました。
妹が産んだ娘は「何かの役に立つかもしれない」という打算のもと、姉夫婦の家に残されましたが、決して家族として扱ってもらえることはありませんでした。使用人……いえ、それ以下の存在として、不遇な日々を送ることになりました。
妹が産んだ娘……ノアが辛く当たられる一因は、もう一つあります。
ノアの姿を見るたびに、彼らはノアの出自を思い出さずにはいられませんでした。それくらい、ノアとレティシアが、双子と見紛うほどに、そっくりだったからでした。
☆
ノアが王城に行くことになったことは、その一週間前にレティシアから直接、伝えられた。
その日、珍しくノアの部屋を訪れたレティシアは、
「相変わらず、辛気臭い部屋ね」
と顔をしかめて辺りを見回した。
確かに、ノアに与えられてる部屋は、日当たりが悪く、年中ジメジメした、狭苦しい場所だった。さらに、ノアは「隠された子供」だったので、家の外へ出ることも許されず、家の中で雑用をこなす毎日だ。学校へ行くこともできなかった。
しかし、そんな状況を見越していたのだろう、遠くで軟禁されているノアの母親が、一人の優秀な使用人を、この家に潜り込ませた。それが、彼女が我が子にできる、唯一のことだった。
「ノア様。こんな状況ですが、きちんと教養は身に付けてくださいませ。いつかきっと、それが役に立つ日が来るはずです」
その使用人……スミアから、こっそりと教育を受けることができたことは、ノアにとっての、ささやかな幸いだった。
さて、レティシアは、ノアの顔をまじまじと観察するように見つめた後、嫌悪感に満ちた表情で吐き捨てた。
「下賤な女から生まれたお前と私がそっくりだなんて、相変わらず、吐き気がするほどに不快なことだわ」
そして、小さく溜め息をつく。
「けれど、都合の良いこともあるものね」
レティシアは、人の悪い顔でにんまりと笑った。