第96話 私達は楽しく過ごしてますが、かつての対戦国はガタガタの様ですね
ハングリル王国の王宮内会議室は紛糾していた。
主な内容は、前のブルトニア王国との戦争に於ける賠償金と、捕虜になっている自国の貴族達の引き渡し交渉についてである。
更には自国の後ろ楯となって、戦争資金や兵を貸してくれたチュリジナム皇国への返済も考えなくてはならない。
勿論、戦死したチュリジナム兵に対する損害賠償もである。
ハングリル国王は彼我の戦力を計算し、間違い無く勝てる戦だと思っていた。
ブルトニア王国が近隣の友好国に助けを求めても、規模や距離の関係で我が国の勝利は間違い無しとの結論だった。
ブルトニア王国の北方に位置するベルルーシ王国は、ブルトニア王国と同程度の小国。
よって、派遣可能な兵数は、ブルトニア王国の兵数より遥かに少ない。
先にブルトニアの兵士を減らしておけば、ベルルーシ王国からの援軍が到着しても数の有利は然程変わらない。
また、ブルトニア王国の西方に位置するイルモア王国は我が国より少し大きな中規模の国だが、救援要請を受けてから準備し、戦場に到着するまでには多くの日数を要する。
ブルトニアとの戦力差を考えれば、仮にベルルーシ王国の援軍が間に合ったとしても、イルモア王国の援軍が到着する頃には大勢は決している筈だった。
そう、ハングリル王国側の大勝利で。
ところが、蓋を開けて見ればハングリル王国側の大敗。
送り込んだ30万もの軍勢──その内、約20万はチュリジナム皇国から借りた兵──が壊滅してしまったのだ。
対戦相手のブルトニア王国への賠償金は、何とか支払う事が出来る。
一括で支払う事は難しいが、5年に分割する事をブルトニア側から申し入れてくれたのだ。
だが、チュリジナム皇国への借り入れ金の返済と損害賠償の支払いは、ハングリル王国が支払える限度を遥かに超えている上、一括で支払う事を要求されたのだ。
「それしか方法は無いのか…?」
「それしか無いでしょうな…」
1人の公爵が呟く。
国庫に貯めた金銀財宝、国王の個人資産、集まった公爵達の個人資産を全て放出する。
そして支払いを終えるまで国民に課す増税。
他に方法は無い。
だが、それでも足りないのが現状だった。
「シュルンマック侯爵、貴殿の協力は得られまいか?」
黙って成り行きを見守っていたシュルンマック侯爵に、1人の公爵が声を掛ける。
「……協力したいのは山々ですが、私の出せる金額は知れておりますな。皆様方も承知の通り、私は先の戦で軍壊滅の憂き目に逢いました。私の指揮下に在ったルーデンス伯爵の軍もです。他の侯爵達、伯爵達の軍も似た様な状況ですな。私は私財を投げ打って、死んだ兵士達の遺族に充分な補償をせねばなりません。よって、協力するとしても金貨数百枚が限度です。捕虜となっている他の侯爵達、伯爵達も同様でしょう。それでも足りないのは明白。ですので、私からの提案として……
一つ、チュリジナム皇国に掛け合って、借り入れ金の返済を分割にして貰う。
一つ、同じくチュリジナム皇国に掛け合って、損害賠償の支払いを分割にして貰う。
一つ、これは最終手段であり、ハングリル王国の存続を願うのならば止めておくべき手段ですが、全ての支払いは無くなる可能性があります」
ざわつく会議室内。
実行してみなければ判らないが、最初の2つの案をチュリジナム皇国が呑むとは思えなかった。
格下の我が国の頼み──一括での支払いを分割に──を、何の見返りも無しに聞いてくれるとは思えない。
ならば、第3案は何だ!?
ハングリル王国の存続を賭けた案とは?
仮にハングリル王国が一時的に滅亡しても、国の名前が消えるだけで我々が消えて無くなるワケでもあるまい。
いずれ復活する事が可能なら、その案に賭けても良いかも知れない。
「シュルンマック侯爵…… 続けたまえ……」
ハングリル国王は、絞り出す様に言う。
「では…… その最終手段とは、ハングリル王国をチュリジナム皇国に併合…… チュリジナム皇国ハングリル地方となる事です。当然、そうなれば国王陛下は退位。チュリジナム国王の臣下になる…… そうすれば、ハングリル王国はチュリジナム皇国の一部となり、チュリジナム皇帝も無慈悲な事はなさりますまい。国王陛下には苦汁の決断を迫る事になりますが……」
それしか無い。
ハングリル国王と公爵達が決断するのに、長い時は要しなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あぁあ~~っ! またレイアウトが変わってるぅう~~っ!」
「ここはっ!? ここは何処っ!? 出口は何処~~っ!?」
ミリアさん、モーリィさん…
また迷ってるんかい…
前回のテーマパーク来園から10日。
治療院の休診日に合わせて全員で遊びに来ているのだが…
少しは学習しろよ…
「うりゃあ~っ!」
ばごんっ!
「終了~! 合計2枚! 残念でした~!」
ミラーナさん…
前回より成績悪くなってるし…
「力任せに投げてもダメに決まってるでしょ? こうするんですよ」
言いつつ私は料金を支払い…
ひょいっ ぱかんっ!
ひょいっ ぱかんっ!
カラン♪ カラ~ン♪
「9枚抜き大成功~♪ おめでとうございま~す♪ ハイ♪ 賞品のヌイグルミで~す♡」
「ありがと~♡ どうですか? ざっとこんなモンで……」
あ… ミラーナさんが落ち込んでる……
仕方無いなぁ~…
「だからですね? 力を抜いて的を狙ってですね…」
私がミラーナさんを慰めつつコツを話していると…
カラン♪ カラ~ン♪
「9枚抜き大成功~♪ おめでとうございま~す♪ ハイ♪ 賞品のヌイグルミで~す♡」
「ありがとうございます♡ エリカさ~ん、私も9枚抜きに成功しました~♡」
アリアさん、少しは空気読んでやれよ…
ミラーナさん、落ち込んでるぞ?
別に良いけど…
キャサリン様達3人は巨大滑り台を楽しんでいる様で、はしゃぐ声が聞こえてくる。
ローランド様と王妃様は、一緒に滑り台の3mと5mを交互に楽しんでいる。
この5人は問題無さそうだな。
問題なのは落ち込んでるミラーナさんと、まだ迷路で迷っているミリアさんとモーリィさんだが…
放っといて私はアリアさんと買い食いでも楽しむか♡
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「国王陛下の手前だから言わなかったが、多分この国は終わりだよ…」
ここはシュルンマック侯爵の王都邸。
会議の後、懇意にしている公爵の1人──家族ぐるみで付き合いのある幼馴染み──を邸に招いての密談である。
「お前がそう言うのなら、終わりなんだろうな。まぁ、俺も会議中、同じ事を感じてはいたが… 俺とお前の仲だ、ハロルド。遠慮無く言ってくれ」
ハロルド・フォン・シュルンマック侯爵の幼馴染み、ブルーノ・フォン・バーグマン公爵が促す。
私的な場である為、普段の様な気取った言い回しはせず、自身の事も〝私〟ではなく〝俺〟と言っている。
「我が国がチュリジナム皇国に併合されれば、皇国が滅びない限り独立など認められないだろう。属国になったとしても結果は同じだ。それに気付いたとして、皇国に対する支払いが可能かと言えば不可能だ。ブルトニア王国に囚われの身となっている侯爵達や伯爵達の身代金の支払いもある。それだけでも莫大な出費だ。まぁ、ブルトニア王国はチュリジナム皇国と違って、分割払いを提案してくれているのが救いだな。こちらが賠償問題で窮地に陥る事を予測していたのだろうな」
バーグマン公爵は頷き、続いて話す。
「それは俺も感じていた。だが、まさか我々がチュリジナム皇国から兵を借りてまで戦争を仕掛けたとは思っていないだろう。それにしても想定外だったな。連中の友好国であるイルモア王国に救援要請をするとは思っていたが、あのミラーナ王女まで参戦するとはな。数年前に成人し、領地を貰ったのは知っていたが… だが、ほんの数年だ。領地の経営や安定に忙しく、領民の人心把握や何やで参戦するとは思ってなかったよ…」
頷くシュルンマック侯爵。
「で? これからどうするつもりだ? 言っておくが、囚われている侯爵達や伯爵達の身柄はブルトニア王国には…」
「知ってるよ。全員、イルモア王国の王都に居るってのは… 遠過ぎて奪還なんか不可能だってのもな。最初っから考えていないさ。お前だから正直に言うが、俺は亡命するつもりだ」
驚くバーグマン公爵。
「ぼ… 亡命だと!? ど… 何処の国へだ!? まさかとは思うが…」
シュルンマック侯爵は溜め息を吐きながら言う。
「そのまさかだよ。俺はイルモア王国に亡命するつもりだ。ブルトニア王国も考えたが、さすがに隣国はマズいかも知れないからな。勿論、家族を連れてだ。爵位を失っても構わん。仮に平民に身を墜とす事になろうとも、ハングリル王国… チュリジナム皇国ハングリル地方の辺境貴族として苦汁に満ち、屈辱的な扱いを受けるよりはマシだ。貴族としてのプライドってワケじゃないがな… イルモア王国の平民として何か商売でも始めるか、商店か何処かに雇われた方が遥かにマシだろう。期待する方が間違ってるかも知れないが、イルモア国王に掛け合えば男爵としての身分は貰えるかも知れないしな。自分でも甘過ぎる考えだとは思うが…」
シュルンマック侯爵の言葉に対し、口には出さないがバーグマン公爵も同じ事を感じていた。
そして数日後、ハングリル王国からバーグマン公爵とシュルンマック侯爵の姿が忽然と消え失せたのだった。




