第92話 王妃様… 怒ってませんよね?
私達が大皿に乗せた大量の寿司や刺身と共にダイニングに戻ると、アリアさん以外の5人はポカンとした顔をしている。
まぁ、寿司も刺身も初めて見るんだから仕方無いよねぇ。
なので、食材と食べ方の説明を簡単に済ませると…
「生で食べて大丈夫なんですの?」
「調味料って、醤油と酢だけですの?」
最初は誰でも同じ様な反応だなぁ。
でも、一度食べたら病み付きになるんだよなぁ、これが♪
「気持ちは解るよ。アタシもそうだったし、マインバーグ伯爵もだ。でも、食ったら旨いんだな、これが♪ まぁ、騙されたと思って食ってみな♪」
「その前に乾杯といきましょうか♪」
私に促され、手に手にグラスを取る一同。
成人していないロザンヌ様、フェルナンド様、ローランド様達はジュース、他は全員シャンパンだ。
「では、王妃陛下御一行様、ロザミアへようこそ! 乾杯♪」
「「「「かんぱ~い♪」」」」
ミラーナさんは一気にグラスを空にし、フォークを寿司に突き立てる。
そして醤油を軽く付けて食べてみせる。
おいおい…
「ん~♪ やっぱ旨いっ!」
美味しそうに寿司や刺身を食べるミラーナさんを見て、王妃様達も恐る恐る食べてみる。
そして、恒例の争奪戦が…
……………………………
始まらなかった。
さすがは王族。
初めての味や食感に驚きはしたが、それを口には出しても取り合いには発展しなかった。
…あれ?
ミラーナさんって、争奪戦を繰り広げてたよな…
まぁ、良いか…
ちなみにミラーナさんが作ったスープを飲んだ王妃様達は、目を点にしていた。
「エリカちゃん… この寿司や刺身に使われてる魚って、海の魚ですの? 川の魚ですの?」
王妃様が興味津々で聞いてくる。
「海の魚ですね。サーモンは川で生まれて海で育ち、また川に戻って来ますけど。川にしか生息しの魚… 淡水魚は生食には向いてないんじゃありませんかね? 生臭くて…」
まぁ、淡水魚の中にも生食可能な魚は存在するのかも知れないけど、少なくとも私は知らない。
それほど魚に詳しいってワケでないからな。
確か、前世で魚の生態にやたらと詳しいハイトーン・ボイスの芸人(?)が居たっけ。
彼なら軽く2時間程度は生食可能な魚と不可能な魚について講義してくれそうだが…
知らんけど。
「ただ、生で食べるには注意が必要ですね。今、皆さんが食べた魚は魔法で取り除いていますが、寄生虫の問題があります。魔法で取り除けなくても、冷凍する事が出来れば死滅させられますけどね」
どんな食材でも、生で食べるなら注意が必要なのは変わらない。
野菜なら、しっかりと洗浄する事だ。
不充分な洗浄だと寄生虫の卵や寄生虫その物を体内に取り込む事になり、最悪の場合は死に至る事もある。
寄生虫を舐めてはいけないのだ。
「では、王都で寿司や刺身を食する事は…」
「残念ですが、現在の輸送状況を鑑みれば不可能と言わざるを得ないですね。ロザミアは海から馬車で3時間程の距離ですので、新鮮な海の魚が市場に出回りますが… イルモア王国のほぼ中央に位置する王都では、海の魚が生の状態で市場に出るのは無理があるかと… まぁ、サーモンは別ですけど…」
私の説明を聞き、心底残念そうな王妃様御一行。
しかし、落胆する事は無い。
私が海の魚を魔法で冷凍し、王都まで早馬で運んで貰えば何とかなるだろう。
レシピ──と言う程のモノではないが──を王宮の料理人に手紙で伝えれば、寿司も刺身も作れる様になる筈だ。
勿論、費用は王宮の負担になるけどな。
私の提案に、喜色満面の王妃様御一行♪
うんうん♪
王都に帰ってからも、美味しい寿司や刺身を食べてくれたまえ♪
充分過ぎる程の寿司や刺身を食べ、満足した王妃様御一行♪
そんな中、キャサリン様が予想外の言葉を発する。
「ねぇ、エリカちゃん。前の戦… 援軍での“特別功労賞”を貰ったでしょう? 私達、エリカちゃんが何を貰ったのか知りませんの。宜しければ見せて頂けません?」
えっ?
あの、とんでもなく高価なドレスを見せろと?
いやまぁ、帰りの道中で散々着る事になったから構わないけど…
やっぱり見せるだけじゃダメだろうなぁ…
見せたら絶対、着て欲しいって言われるだろうし…
仕方無い…
部屋に戻って着替えて来るか…
「分かりました。じゃ、しばらく待ってて下さいね」
言いつつ私は部屋へ戻る。
十数分後…
ドレスに着替えた私は、王妃様御一行の待つダイニングへと入る。
「こ… これは…!」
目を見開く王妃様。
「凄い… 綺麗…!」
「す… 素晴らしいです!」
感動しまくるキャサリン様とロザンヌ様。
「エリカお姉ちゃん… 可愛い♡」
フェルナンド様、ちょっと違うんでないかい?
「ふわぁあ~…!」
言葉にならないローランド様。
「さすが、エリカさんです!」
アリアさん…
何がさすがなんですかね?
そして、ドレスをまじまじと見詰める王妃様が驚愕の一言を発する。
「こ… これ程の物とは… 陛下から金貨5000枚で作らせたとは聞いていましたが…」
王妃様…
今、何つった?
聞き間違えてなければ、金貨5000枚っつったよな?
金貨1枚は、日本円で10万円に相当する。
て~事は…………
5億円!?
このドレス1着に!?
私は今、5億円を着てるのか!?
…途中の宿場町で着まくってたぞ?
いや、私の意思じゃなかったんだけど…
「あの… 私、これ… ロザミアに帰るまでの宿場町で着てましたけど………」
マズかった?
マズかったですかね?
そんな高価なドレスを、まるで普段着みたいに着るのって…
「まぁ… 見ただけで値段が判るモノでもないし、着ても問題は無いでしょうけど… でも、エリカちゃんなら率先して着るとは言わないでしょうねぇ… と、なると…」
次の瞬間、ミリアさんは1m程後方にバク転しながら土下座の体制になり…
「私が無理矢理エリカちゃんにドレスを着る事を強要しました! そんなに高価なドレスとは露知らず、申し訳ありませんでしたぁああああああっ!!!!」
と、その場に居る全員がドン引きする程の渾身の謝罪。
って、いつの間にそんな芸当を身に付けたんだよアンタ…
それに対する王妃様はと言うと…
「あらあら♪ そんなに気にしなくても… 何も知らなかったのなら仕方ありませんからねぇ♪ でも、次からは王宮か、それなりの場所で着せてあげて頂戴ね♡ さすがに金貨5000枚のドレスですもの。宿場町には似合いませんわ♪」
王妃様は笑顔だが…
い… 威圧感が半端無えぞ、おい…
さすが、王妃だけの事はあるな…
私達は全員青褪め、秋だと言うのに全身冷や汗まみれになったのだった。
~追記~
その日の深夜。
何だか胸騒ぎがして起きると、ミリアさんの部屋から『ごめんなさ~い、ごめんなさ~い…』と、呻き声が…
うなされてやんの…




